十月十八日(金) -4-
死の危険が回避されたとは言え、彼女はベッドで横たわる毎日を過ごしていた。
そんなある日の事である。
「昨日、この本を読んだんだけど」
検査に訪れた亜麻野に、少女は枕元の分厚い本を指して切り出した。
それは西洋で書かれた有名な探偵小説だった。
「この本には名探偵ってのが出てくるの。すっごく頭が良くて、どんな謎でもあっという間に解いちゃうのよ。幼稚だとは思うけど、アタシもこんな風になりたいなって」
「それなら沢山の本を読んで、様々なことを覚えないといけないよ。蓄えた知識を柔軟に結合させ、あらゆる事象を冷静に分析するのが名探偵だからね」
「ならアタシにもなれそうね。だってアタシには、世界最高の頭脳があるんだもん」
「それに洞察力も磨かねばならないね。犯罪者は嘘をつく。それを瞬時に見破れないと、彼らに勝つことはできないからね」
「じゃあ、そういう勉強もしないとダメね。これから、もっと頑張らないと」
「……君は僕を恨んでいないのかい? 僕のせいで君に与えられた時間は短い。しかも、それは薬で支えられている儚い物だ」
亜麻野の問いに、少女は首を捻った。
しばらく考えて、答える。
「短い時間しかないなら、効率良く使えばいいの。無駄な時間を作らなければいいだけよ」
「発想の転換だね。素晴らしいアイデアだ」
白くなった前髪をそっと撫でる。
「僕は君に、どう謝れば……」
「アタシね。生まれてきて良かったと思ってるの。確かに頭痛は辛いけど、楽しいことが一杯あるし、それに夢もできたしね」
子猫を思わせる愛らしい笑みで、「でも夢の話はみんなに内緒にしておいてよ」と継ぎ足した。
「君は強い子だ」
「もちろん。父さんの娘だから。しかも、人を導く天使様なんだよ」
「父さんか……」
「ね、アタシ、お願いがあるの」
「僕に出来ることかい」
「父さんにしかできないことよ。なんだと思う?」
「何かな。じらさないで教えてくれないか」
「アタシに名前を付けて欲しいの」
「今の名前は嫌いかい」
「大嫌いよ。だって試験管のナンバーから取った名前だもん」
「僕はそういうセンスはあまりないんだけど」
不精に伸びた髪を掻きつつ、思考を巡らせる。
「じゃあ、これはどうかな」
ポケットから手帳を出し、ペンを走らせる。書いた文字は『真実』。
「まさみ? まなみ? まみ?」
少女の言葉に小さく首を振った。
「真実と書いて、リアル。ちょっと変わってるけど、どうかな?」
「リアル、リアルね。うん、ちょっと変わってるのが悪くないわ。ギリギリ合格点ね」
「ギリギリか。厳しいな」
大袈裟に溜息をつく。
そのあまりに堂に入ったガッカリぷりに、少女は声を出して笑った。
一年後、改良された薬の力で、彼女はベッドから起きて生活できるようになった。
※ ※ ※
長話に一息ついて、リアルがずずっとお茶を飲んだ。
全てを話す事はできなかった。
余計な心配をして欲しくない。
だから、自身の欠陥に関する部分は伏せ、遺伝子的に優秀な人間として作られた点だけを伝えた
あまりの衝撃で真っ青になって固まっていたハチだったが、意を決して口を開く。
「私、やっぱりガッカリちゃんだな。リアルの言ったこと、殆ど理解できなかった。でも、これだけは言えるよ」
「ん、なに?」




