十月十八日(金) -3-
「なによ、そのリアクション」
「そもそも天使様って」
白い翼を持った清楚で可憐な乙女をイメージする。
性悪な笑みが似合うリアルは、どちらかと言うと小悪魔だろう。
「ま、いきなり言われても信じられないか。いいわ。最初から話してあげる。ハチ、『福音計画』って聞いたことある?」
「福音計画?」
「二十年前、人間の遺伝子情報解析は一先ずの終了を迎えたでしょ。その大部分は医療に利用されているわけだけど。実は遺伝子を加工することで、優れた人間を作れるんじゃないかって考えた科学者がいたの。次代を導く天使を人間の手で造る、なんてバカげた御題目を掲げてね」
思いもよらない展開に驚くハチに、リアルは悪戯に成功したような表情で続ける。
「そう、アタシはそこで作られた十二番目の天使なのよ」
※ ※ ※
福音計画。人類の明日を切り開く夢のプロジェクト。
この計画には葵だけでなく、幾多の国が協力を約束し、莫大な資金と優秀な人材が集められた。
しかし、倫理的には傲慢の極致。全てが極秘だった。
プロジェクトの中心は遺伝子工学の権威にして、葵最高の頭脳と謳われる亜麻野英雄。
彼は遺伝子的に優秀とされる精子と卵子を組み合わせ、十二個の受精卵を用意。
それらに特化した才能を与えるべく、度重なる遺伝子的干渉を行った。
人工子宮で成長した彼ら十二人は全員無事に誕生。
その後、徹底した英才カリキュラムで教育が施された。期間は八年間。
プロジェクトは成功に見えた。
十二の内、四人に卓越した能力が見られたからだ。
一人は筋力や瞬発力と言った運動能力が、優秀とされる人間より四パーセントも高かった。
また一人は五つの言語を母国語として活用できるほどの語学力を発揮した。
他の一人が音楽や絵画に特筆すべき才能を見せたのも、全て計算通りだった。
その中で、予想を遥かに超える成果を上げたのが、十二番目の子供。
脳の処理能力を高めた彼女は、莫大な記憶力とそれを柔軟に活用できる分析力を有していた。
彼女は人類叡智の結晶。
未来の希望となる存在だった。だが、彼女はある日倒れた。
原因は脳。
彼女の優れた能力を支えているのは、強化された脳細胞にあった。
脳細胞は、不要な部分を斬り捨て、どんどん効率化されていく。
彼女の脳細胞は、その効率化も尋常ではなかったのだ。
八歳にして急速な脳細胞の死滅が始まった。
彼女の脳の状況を調べたところ、彼女の寿命が残り数年である事が判明した。
その結果に一番ショックを受けたのは、亜麻野英雄本人だった。
自身の理論が、人類の明日を照らすはずの研究が、脳の消えていく激痛に苦しむ少女を産んだだけに過ぎなかったからである。
彼はこの計画の失敗を宣言し、全ての研究結果を破棄した。
もちろん、以降に決定されていたプランも全て中止。
こうして福音計画は潰れた。
莫大な資金を掛けた計画が頓挫した事に、出資者である各国の非難が集中した。
それに対し葵政府は「科学とは極めれば神の摂理に背く路であり、その路を進む上でこの程度の損失は論ずるにも値しない」と斬り捨てた、とされている。
しかし、亜麻野博士は責任を問われた。
彼は全ての権威を剥奪。十二人を引き取り、自分の子供として育てていく事となった。
彼が最初に取り掛かったのは、十二番目の子供の延命処置だった。
脳細胞の死滅を遅らせる方策として、代謝機能を大幅に抑える薬を開発した。
これにより、彼女は一先ず救われたのだが。調合された薬には大きな副作用があった。
彼女の全身の色素に大きな影響を与えたのである。
黒い髪はくすんだ白に変色し、瞳は透き通った緑色になった。
更なる不幸をもたらした事に苦悩する亜麻野博士に、
「髪は染めればいいし。瞳の色も、これはこれで綺麗よ。人と同じよりも、少し変わってる方が嬉しいと思わない?」
僅か八歳の少女はそう言って微笑んだ。




