十月十八日(金) -1-
十月十八日(金)
痛みの残る頭を押さえながら、リアルはゆっくりと身を起こした。
カーテン越しの柔らかな朝日が、室内を淡く照らしている。微かに香るアイリスの芳香剤。
寝室にしている四畳半だ。
「あれ? どうしてこっちに?」
曖昧な記憶を辿る。
部屋に上がって、六畳間で倒れた。
遠のく意識の中でミノリの声を聞いた気がする。
視線を下ろすと制服ではなく、パジャマ姿になっていた。
服を着替えさせて、布団まで運んでくれたのだろう。
礼を述べようと、辺りを見回すが既に親友の姿はない。
「もう朝だからか」
時計を確認した。針は午前六時過ぎ。
ぐっと大きく伸び。
いきなりの動きに、あちこちの関節が鈍い痛みの抗議を上げた。
布団から出て、カーテンをさっと開く。
太陽の光が眩しい。
随分と寝汗をかいたせいかようだ。
始業まで時間もあるし、お風呂に入ってからにしようと決める。
第六寮のお風呂は水を張ってから炊き上げる、やや古風なシステム。
シャワーと言うハイカラな設備はついていない。
入浴準備をしている間に、洗面所に移動し鏡を覗き込む。
コンタクトも付けっぱなしだった。両目が真っ赤に充血している。
慣れた手つきでコンタクトを外し、目薬を打った。
「はぁ、困ったわね」
薬の切れるのが、予定より半日以上早い。今の薬も効果が薄れてきている。
本土に連絡して新しい物を調合して貰わないとダメだ。
タイムリミットは確実に近付いている。
医の力が及ばなくなる日は遠くないのかも知れない。
漠然とした恐怖が湧き上がってくる。
ぱんっと両手で頬を叩いて、弱気になりそうな自分を叱咤した。
どんな状況でも、今を精一杯生きる。そう決めたはず。
だから、無理を通して、アカデミーに入れてもらったのだ。
「時間がないなら、無駄な時間は作らない。くよくよしてるなんて時間の浪費よ。バカバカしい」
いつもの勝気な顔を作って風呂場に急ぐ。
気持ちが滅入ったら、熱いお湯に浸かるのが一番だ。
それから約十五分後。
すっきりとした顔と、下着だけというすっきりとした姿で、冷蔵庫から取り出した瓶入りのフルーツミルクを一気に飲み干す。
「ぷはぁぁぁぁ! この一杯の為に生きてるなぁ!」
シャンプーと石鹸で、ネガティブな気分もすっかり洗い流した。
「ミノリが見たら、怒るんだろうなあ。そんなはしたないカッコしちゃダメとか言ってさ」
顔を真っ赤にして声を上げるのを想像すると、つい笑みが漏れる。
わしゃわしゃとタオルで髪を拭いた。
それからシャツとスカートを身に付ける。
時計を見ると、まだ七時前。登校には余裕がある。
後は出る時に髪を梳いて、タイを締めればいい。
読みかけの本を、と思ったところでドアがノックされた。
バンバンと忙しない叩き方に、急いで向う。
「リアル! 私だよ、八房だよ!」
「八房って、誰?」
沈黙した。
しばしの間を置いて、ややトーンの落ちた声が返ってくる。
「ハチだよ」
「あぁ、ハチね。最初からそう言ってよ」
鍵を解いて、ドアを開けた。
「おはよ。アタシを心配して来たの? 余計な心配ちゃって」
口とは裏腹に、嬉しそうな表情でリアルが迎える。
「そんな言い方酷いよ。昨日の晩は心配で寝付けなかったのに」
疲れた顔を見ると、ほとんど眠れていないのが解る。
「誰も心配してくれなんて言ってないでしょ。まあ、それはそれで嬉しいけどさ」
「でも、良かったよ。なんとも……なか……」
「ん? どうしたの?」
言葉を途切れさせたハチを不審に思いリアルが尋ねる。
一方のハチはぽかんと口を開けて呆けるだけ。
「ハチ、どうしたの? ハチ?」
「目が……」
呟いたハチの言葉に、リアルが慌てて顔を逸らした。
コンタクトを外していたのだ。明らかなミスだった。




