十月十七日(木) -11-
「ゴシップな呼称を風紀委員が使うのは問題があるな。改めろ」
「う、すいません」
ディオニュソスの杯事件。
八月の末、夏休みの終わりに寮のゴミ箱からアルコール飲料の空き缶が見つかったのが発端だった。
未成年の飲酒は本土の法でも禁止されている。
風紀委員は事件の捜査に乗り出した。
とは言え、里帰りした生徒が持ち込んだのだろう。ただの悪ふざけだ。
その程度の甘い認識で始まった事件は、思わぬ展開を見せた。
実は教師の一人が本土から定期的に買い入れ、生徒達に売り捌いていたのだ。
その事実にアカデミー全体が大きな衝撃を受けた。
結果、その教師は解雇。密売に関わっていた数名の生徒は退学処分となった。
事件の発覚から解決まで、費やした時間は僅か十日。
風紀委員史上最大の手柄と言われている事件である。
ちなみにハチは、夏風邪をこじらせて本土の実家で寝込んでいた。
事件には関わっていない。
「あれを解決したのは詩方だ。それだけじゃない。五月の盗難事件も、先月のテスト問題流出事件も、あいつが解決したのだ」
「え?」
どれも大き過ぎる事件だった。
しかし、全て風紀委員が解決したとされているはず。
「生徒会への報告を風紀委員が行ったからな。あいつは結果に興味がないのだろう。ただパズルを楽しむように事件を解決する。空想物語の名探偵気取りでな」
「でも、リアルがいなくても、風紀委員が解決していたはずです」
「果たして我々に解決できたかな」
「大丈夫です。絶対に、解決できました」
力強く断言するハチに、真樹が頬を緩める。
いつも難しい顔をしている彼女には珍しい表情。
「もちろんだ。我々は優秀な風紀委員。遠回りになっても、いつか必ず真実に辿り着く」
遠回りになっても、その言葉にハチは思い至った。
リアルは最短距離で真実に到達する。
第六寮の少女の瞳は常に真実を見通す。そのキャッチフレーズは決して嘘ではない。
そして、それは凡人である自分達にとって、決して届かない力。
羨望の対象となるのは間違いない。
だが、その感情は徐々に嫉妬へと変わっていくだろう。
つまり真樹がリアルを毛嫌いする理由は。
「どうも誤解しているようだな」
真樹がハチの思考を遮った。
「確かに、あいつは頭の回転が早い。腹立たしいほどにな。だが、それは個人の持つ資質と努力の結果だろう。それをやっかむのは筋違いというものだ」
「じゃあ、どうして」
「自分が詩方という人間を許せないのは、生徒会になんの協力もせず、時間を浪費している点だ。八月の事件にしても、自分勝手な理由で、捜査に首を突っ込んできただけなんだぞ」
「そう、なんですか?」
「酔っ払った生徒が六寮の壁に落書きした。それが理由だ」
「あは、リアルらしい」
「笑いごとか!」
「ひぃやぁ! ご、ごめんなさい」
「まったく」
いつもの仏頂面に戻る。
「あの能力は絶対に生徒会に参加して生かすべきなのだ。あいつなら、銀の鷲を持つ資格もあるだろうに」
銀の鷲。
アカデミー最高権力者に次ぐ気高き腕章。
「鷹壱先輩はリアルを買っているんですね」
「能力の高さは評価している。ま、人間としては最低最悪の部類に入るがな」
「その言い方はあんまりですよ」
「褒めてるつもりなんだがな」
リアルが良く口にするフレーズの盗用に、緩い笑いが起こる。
そうこうしている間に愛想のない寮が見えてきた。二人で第三寮に向う。
リアルの体調を考えて、荷物はひとまずハチが部屋に預かっておくつもりだった。
「ありがとうございました。助かりました」
三階、部屋の前に着いたところで、ハチは深々と頭を下げた。
「礼を言われるほどのことではない。そもそも、これだけの本を借りる詩方の方に問題がある」
照れくさいのか、視線を外しながら、ずれた答えを返した。
「そうだ。袖のボタンを、これに替えておけ」
ポケットからボタンを三つ取り出してハチに渡す。
「あ、はい」
袖口のボタンは二つ。
三つという事は、どういう風に付け替えるべきなのだろう。
「一着に一つでいいぞ。これは三着分ということだ」
「あ、はい。わかりました。あの、これって」
「中に発信機が入っている」
「は、発信機ですか?」
想像もしてなかった単語に声が半分裏返ってしまう。
「このボタンがあれば、お前がどこにいるか特定することができる」
ハチは手の上に乗せたボタンをまじまじと見つめた。
普通の物と変わりない。
「でも、どうして」
「犯人が昨日と同じような事件を起す可能性を考慮してな」
真樹の継ぎ足した説明に、ハチの顔から血の気が引いていく。
あんな怖い思いは、正直もう勘弁して欲しい。
「だが、これを付けていれば問題ない。ボタンを千切れば、非常用のコールが掛かるようにもなっている。まず安心だ」
「す、すぐに付け替えます!」
「本来ならトラブルに巻き込まれた一般生徒の為の物なんだぞ。お前も風紀委員なら、自分の身くらい自分で護れるようになれ」
「そんなこと言われても」
「よし、今回の件が解決したら、自分が鍛えてやる」
「えぇっ!」
「遠慮はいらん。ビシビシ鍛えてやるからな。一ヶ月もすれば、誰もガッカリちゃんなんて呼ばなくなるぞ」
それはハチにとって一番嬉しくない提案だった。




