十月十七日(木) -10-
「先輩、鍵が鍵が鍵が」
「詩方、鍵はどこだ?」
腕の中でぐったりとしていたリアルが、ゆっくりと目を開ける。
「早かった、のね。流石、脳まで、筋肉の子は、凄いわ。あ、これは、褒めてる、のよ」
「つまらないことを言ってる場合か。鍵はどこだ」
「下ろして」
「しかしだな」
「いいから、下ろして。お願い、だから」
「解った」
慎重に足から床に下ろす。
両足に体重が移ると、頼りなげに膝が揺れた。
壁に手をついて身体を支える。
「助かった、わ。ありがと。もう、大丈夫、だから」
「でも!」
近づこうとするハチに弱々しい笑みを見せた。
「大袈裟、ね。当人が、大丈夫、って言ってん、だから。それ、よりも、風紀、委員長」
視線をハチから真樹に移す。
「昨日、頼んで、おいた件、お願い」
「そんなことより、今はお前の」
「そうね。今日は、もう、休むわ。悪かった、わね。二人とも」
そう残して、ノブに手を伸ばす。
「待って、リアル。鍵が」
静かにドアが開いた。
そのまま、ふらふらと中に消えていく。
唖然とする二人の前で、ゆっくりとドアが閉まった。
しばらくの間、無機質な木のドアをぼんやりと眺めていた二人だったが、
「とりあえず、保健室に向うしかないな」
真樹の方が先に声を出した。
「保険医の安堂なら、あいつの持病について知ってるだろう」
ぽかんと口を開けたままのハチに、簡単に説明する。
外に向かい歩き出した真樹にハチが続く。
薄暗い廊下を歩く途中、何度も振り返るが、閉ざされたドアの向こうを知る術はなかった。
※ ※ ※
本の詰まった紙袋を両手に提げて、ハチはアカデミーまで続く緩やかな上り坂を歩いていた。
「リアル、大丈夫かな」
「心配してもどうにもならんだろう」
ハチの独り言を耳にして、前を進んでいた真樹が首だけで振り返る。
その声には明らかに苛立ちが含まれていた。
リアルを部屋に送り届けた二人は直ぐに保健室に向かった。
しかし、話を聞いた保険医、安堂の対応は。
「詩方さんの件なら聞いてるわ。あの発作に関しては、彼女の持つ薬を飲ませるしかないのよ」
そんな説明に納得できるはずはなかったが、それ以上はどうにもできないらしい。
無力感に苛まれつつも、借りた本置っ放しだったのを思い出し、取りに戻ったのだ。
「しかし、生徒が苦しんでいるというのに、保険医がなんの対応もできないとはな」
真樹が吐き捨てる。
普段は犬猿の仲なのに、真樹がこれほどの憤りを見せるとは、ハチにとっては意外だった。
「そんなに不思議がるほどのことでもないだろう」
見透かされた一言に、ハチが目を丸くする。
「お前が何を言いたいかくらい顔を見れば解る。確かに自分は詩方が好きではない。というより嫌いだ。だが、その感情とこれは別だ」
「リアルが言ってました。鷹壱先輩は後輩想いの良い先輩だって」
「あんな奴に褒められても嬉しくもなんともない。何度も言うが、詩方という人間は大嫌いなんだからな」
「どうしてそんなに嫌うんですか?」
念を押す真樹に苦笑しつつも、ハチは気になっている問いを口にする。
少し間が開いた。
シンプルな性格の真樹が、珍しく言葉を探していた。
「三回あった」
唐突に戻ってきたのは、ハチがまったく予想していない物だった。
「詩方が事件に絡んできたことだ」
風紀委員はアカデミーの風紀を守るのが役目である。
モラル的に問題のある行為を注意し、改善が見られない場合には、風紀委員長の権限により、停学等の罰則を与える事ができる。
つまり、自警団的な役割を担っている。
普段は喧嘩の仲裁や貸し借りのトラブルと言った、取るに足らないレベルの事件に振り回されているが、時折、法に触れる程の出来事も起こる。
「夏休みの末に起こった事件は記憶に新しいところだが」
「ディオニュソスの杯事件ですね」




