十月十七日(木) -8-
残されたリアルは二人が出たドアをしばらく見つめていたが、大きく息をついてハチと真樹の方に向き直った。
何故か正座してうな垂れているハチと、そのハチを腕組みの姿勢で睨み下ろしている真樹。
ハチの潤んだ瞳を見れば、状況は理解できた。
「頼りないアシスタントじゃ、アカデミーのゴリラをなだめるのは無理だったか」
「誰がゴリラだ!」
「そんな言い方酷いよ。だって、リアルが」
「はいはい、悪かったわよ。ごめんなさい。反省しています。これでいい?」
「もういい。で、どうして逃がした。桝村が嘘をついているのは明白だったろうが」
非難というほどの毒気はない。
むしろその意図を知りたいといった口調だった。
「まあね、締め上げればボロが出たと思うわよ。部長さんは嘘をつくのが下手だしね」
「それなら、どうして」
「そうね、気まぐれって言ったら怒る?」
「お前! 状況が解っているのか!」
「冗談よ、冗談。ね、どうして米川純理がここに現れたと思う? あの子がこの事件に噛んでいると仮定して、今、彼女がここに顔を出しても、なんのメリットもないはずよね」
「桝村から自分の関与が明らかになるのを恐れた、というところか」
「残念だけど、その可能性は低いわね。もし、桝村美佳子が何か言ったとしても、言い逃れできるでしょ。現にあれほど無理な嘘を平然とつけるくらいなんだから」
「じゃあじゃあ、まだ米川先輩の協力が必要だったからかも」
「人形はまだ三体。伝承通りなら、同様の事件は後三回起こる計算になるからな」
「面白い発想だけど違うわ。マークされた人間は邪魔になるし、桝村美佳子は共犯者として最も足を引っ張るタイプだしね」
他に思いつかない。袋小路に入り込んでしまった。
難しい顔をして考えるハチと真樹。
「難しく考えなくていいの。理屈が通らないなら、感情的な物なのよ。有り体に言えば、友人の危機に手を貸さざるを得なかったってところじゃないかな」
リアルにしては理知的でない発言だった。
しかし、明確な反論は見つからない。
「桝村美佳子は純理と呼んでた。二人はかなり親しいみたいね」
「なら、桝村を締め上げれば、一気に解決できただろう」
「ホンキなの? やっぱりアンタはオバカね」
「どういう意味だ!」
大袈裟に溜息をこぼすリアルに、真樹が声を荒げる。
「米川純理、あの子は手強いわよ。簡単に嘘をつける人間っていうのはもちろんだけど。彼女は少々のことに罪悪感を抱かないタイプね。優れた犯罪者の素質を持っているって言えるわ」
「あんまり嬉しくない評価だよ、それ」
「でも事実よ。ネガを奪わず警告だけを記すという発想を鑑みれば、リスクを避ける狡猾な性格が窺えるわ。そんな米川純理が、無謀な行動に出た。その覚悟はかなりの物よ」
「だがな、詩方」
「まあ、聞いて。壁の落書きを彼女が記したと証明する。更にそこから、人形事件との関連性を明らかにするなんて、どう考えても無理。残念だけど、今のカードじゃ勝てないってこと」
そう言うと、小さく肩を竦めた。
「リアルの言いたいことは解るけど、でも」
「ハチ、絶対に勝負で勝つ方法って知ってる?」
納得できないハチに、リアルが次の質問を投げた。
「え、そんなのあるの?」
「絶対に勝てる勝負しかしない。それだけよ」
「しかし、世の中はそんなに甘くはないぞ」
呆れつつも真樹が反論した。
「スポーツやギャンブルなら、無謀でも勝負しなきゃいけない時もあると思うわ。でもね、アタシ達はそうじゃないのよ。勝負する時は、勝たなきゃならない。罪を犯す人間には負けられない。それが絶対の正義であり、唯一の真実でなきゃダメなんだから」
後半の言葉は自身に向けた戒めにも聞こえた。
詩方真実という少女の中心にある最も熱い部分かも知れない。
ハチはそう感じた。
「なんてね。アタシには似合わないかな」
愛らしい子猫の表情に変わる。
「ところでさ、昨日ハチを襲った二人組みは、かなりの身長差があったんだよね」




