十月十七日(木) -5-
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「さて、ネガを隠すのが目的だったら、どっちが先でも一緒。これだけでは決め手にならないわね。でも、目的が違うとしたら?」
「現に部屋は荒らされてるんだよ。ネガを取る以外の目的なんてあるわけないじゃん」
美佳子の抗議を無視して、リアルがくるりと背を向ける。
それから、落書きされた壁に向かいゆっくりと歩き出した。
足元に注意しても、散らばっているネガをどうしても踏んでしまう。
「あ、そうか。落書きだよ」
ハチが呟く。
「やっと気が付いたみたいね。ちょっと遅いけど、とりあえずは及第点よ」
「何が言いたいのか、全然解らないんだけど?」
美佳子の声には、苛立ちが多分に含まれていた。
「そうね、簡単に言うなら」
リアルが二人の方に向き直る。
「来訪者の目的はネガなんかじゃなかったの。この警告を残すのが目的だったのよ」
「何を根拠にそんなこと言ってんだか。現にネガが……」
「あれ? ネガが取られてるかなんて、調べてみなきゃ解らないんじゃない?」
「そう、だけど」
「ふふん、まあいいわ。足元を見てごらん。注意して歩いたのに、どうしても踏んでしまうのよね。これだけ散らかしてるんだから、当然だけど。でもね、犯人が踏んだ形跡はなかったの。今日は昼まで雨だった。靴は濡れてるはずなのにね」
はっと美佳子が息を飲む。
「ハチ、この状況から推測できることはなに?」
「ネガを散らかす前に、落書きしたってことだね」
「うん、正解。来訪者とやらが、空中を飛べるのなら別だけど。でも、おかしな話よね」
大袈裟に首を捻った。
「これは警告だ、なんて行動する前に書くことじゃないわね。つまり、これってのは、部屋の有様じゃなくて、落書き自体を指していると考えるのが妥当よね。じゃあ、次の疑問が出てくるのよ」
「どうして部屋を荒らしたかってことだよね」
「そう。なんで目的を終えた来訪者が、わざわざネガを探して、ご丁寧に部屋まで散らかしたか。桝村美佳子、アンタなら答えられるんじゃないの?」
「そ、そんなの解るわけないじゃない」
掠れた声で、辛うじて答える。
「じゃあ、アタシが教えてあげる」
そう言うと、ピースサインを作って美佳子の眼前でゆっくりと左右に揺らす。
「来訪者は、二人いたのよ」
美佳子が凍りついた。
それは何よりも雄弁な反応だった。
「今回はいつもの手紙でメッセージを伝えるのはできなかったの。紙切れ一枚じゃあ気付かれない可能性も高いし、大きく印刷して壁に貼るのも不自然だしね。だから苦肉の策で、壁に直接書き込むことにした。でも、それには大きな問題があるのよね。なんだと思う?」
美佳子は弱々しく首を振るしかできなかった。
「あらら、これはサービス問題だったのに。筆跡よ。どうしても字のクセが出る。だから、鍵を用意する人間と実際に落書をする人間は、別の人物であるのが望ましいと思ったのね。そこまでのアイデアは悪くなかったわ。鍵を持ってない人間は多い。極端に言えば、アカデミー全員の筆跡を調べる必要が出てくるからね。まだ、続けていいかな?」
リアルの確認に対し、美佳子は顔を伏せたまま一言も返さない。
「でもね、ミスがあったのよ。二人は目的を共有してなかったの。鍵を渡した誰かさんはネガを隠すのが目的と思っていたのね。だから、鍵を返してもらってから、確認に行って驚いた。で、慌てた彼女はネガを取って、ふと不安にかられたの。こんな沢山から、簡単にネガを見つけられるのは、犯人特定に繋がるんじゃないかって」
「それで部屋を荒らして、第三者の犯行に見せかけようとしたんだね」
「きちんと整理されてるんだから、冷静に考えれば取り越し苦労。逆に、この部屋を使い慣れてる人間だって言ってるようなもんよね。ホントにつくづく犯罪者に向かない人間だわ」
すうっとリアルが目を細める。
「そう言えばアンタさ、午後の授業に遅刻してきてたらしいわね」




