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十月十五日(火) -8-

 その瞬間、頬に衝撃。

 目の前がチカチカと明滅し、ぐるぐると景色が回り出す。

 何がどうなったのか解らないまま、地面が迫ってきて額にぶつかった。

 

 誰かに横から殴られたのだ。

 頭の中心まで響く痛みが、それを理解させる。

 

「何やってるの!」

「いや、噛み付かれたんだよ」

「だからって、離してどうするのよ!」

 

 加工された声が口論している。

 遠のきかける意識を懸命に繋ぎ止めながら、ハチがどうにか上半身を起こして、声の方に顔を向けた。

 身長差がかなりある二人だった。

 懸命に正体を見極めようとするが、ぼんやりとした視界、しかも月明かりだけでは難しい。

 

「まだ、この子!」

 

 そんなハチに気付いた背の低い方が、走り込んで顔を蹴り上げた。

 

「おい! 酷いだろ!」

「顔を見られるわけにはいかないでしょう」

 

 非難の声を切り捨て、二度三度と容赦なく蹴り付ける。

 

「もういいって!」

 

 ハチがぐったりと動かなくなったのを見て、慌てて背の高い方が止めに入った。

 

「まさか、死んだりしてないよな」

「気絶しただけです。さあ、早く行きましょう」

「放ってくつもりなのかよ」

「仕方ないでしょう。それとも、保健室にでも駆け込みます?」

「いや、そういうわけには、でも」

「もう、煮え切らないわね」

 

 転がっていた拳ほどの石を拾うと、二階の窓に向って投げた。

 

 ガチャンとガラスが割れる。

 

「これで大丈夫。さあ、早く行きましょう」

 

 そう残すと寮の裏に向って駆け出す。

 

「ゴメンね。ハチちゃん」

 

 倒れたハチに小さく手を合わせると、もう一人の後を追った。

 

 

                    ※ ※ ※

 

 

 ハチは身体を起こすと、目を擦りながら辺りを見回した。

 

 自室ではなかった。

 コンクリートの天井。周囲は白く薄いカーテン。

 柔らかな朝の陽が差し込んできていた。

 自分が横たわっているのも、いつものベッドではなく、簡易のパイプベッド。

 

 ここは保健室だ。

 ぼんやりとした頭がゆっくりと結論に辿り着く。

 そこで微かな寝息に気付いた。

 

 視線を向けると、小柄な少女が枕元の椅子で眠っていた。

 

「リアル?」

 

 呟いた声に、少女が反応した。

 ゆっくりと顔を上げ、アーモンド型の瞳をしばたたく。

 

 間があった。奇妙な沈黙が二人の間を流れる。

 

「ハチ!」

 

 口を開くよりも早く、小柄な身体が椅子を蹴って抱きついてきた。

 

「全然目が覚めないから、打ち所が悪かったのかもって。でも良かった、良かったよ」

 

 普段の生意気なリアルからは想像できない湿った声が、彼女の心境を十二分に表わしていた。

 

「ごめん。なんか心配掛けちゃったかな」

 

 ぎゅっと締め付けるリアルに応えるように、小さな背中に腕を回した。

 お互いの体温が不思議なほどに心地良い。

 

 しばしの抱擁を終えて、リアルが身体を離す。

 あまりにらしくない行動に、薄っすらと朱に染まった顔をぷいっとそらした。

 

「まったく、本来なら心配料を取るところよ」

「うん。ごめんね」

「今回は特別に許してあげる。アタシって寛大な人間だから」

「リアル、嘘は良くないと思うよ」

「失礼ね。どういう意味?」

 

 他愛ない冗談と笑顔を交換した。

 

「痛たた」

 

 途端にずきんと痛みが走った。

 咄嗟に顔を押さえた手がつるんとした感触に触れる。

 そろそろと指を這わせると、頬と顎に絆創膏が貼られているのが解った。

 

「かなり酷く殴られたみたい。でも跡の残る怪我じゃないから安心して」

「そう、なんだ」

 

 おぼろげだった記憶を辿る。

 


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