十月十五日(火) -7-
「生徒会には、明日にでも連絡しておくから。怖い思いをさせて悪かったわね。もうこれで、来訪者に狙われる心配はないわよ」
「リアルは? リアルはどうするの?」
「ん、そうね。アタシも止めるわ。やっぱり命が惜しいから」
そう言って人懐っこい子猫のような表情を見せる。
嘘だ。
直感的にハチは悟った。
リアルは物事を途中で投げ出す人間ではない。
彼女の中心にあるのは強い個。他人に何を言われても、どう思われても、一直線に進む。
それが詩方真実という少女なのだ。
そんなリアルが何故こんな嘘をつくのか。
ハチには答えが解る。
それは自分を気遣っての事なのだ。
もし、捜査を続けると答えたら、逃げた負い目を感じさせるから。
だから、こんな不器用な嘘をつく。
「じゃあ、この件は終わりね。さ、部屋まで送ってあげるわ」
腰を上げたリアルを、ハチが座ったまま見上げる。
前言撤回をしたい。
そのはずなのに、言葉が喉に引っ掛かって出ない。
「ハチ?」
「うん、ありがと。でも、大丈夫。一人で帰れるから」
「遠慮しなくていいからさ」
「ごめん。ちょっと一人になりたいから」
力なく立ち上がり、ドアに向かった。
もう終わり。そう、終わりなのだ。
そもそも、来訪者を怖がるしかできないガッカリちゃんの自分が、手伝える事なんて最初からなかったのかも知れない。
薄暗い廊下を歩いて、外に出た。
なんとなく見上げる。
雲の多いどんよりとした空に、欠けた月が弱い光を放っていた。
大きく溜息をつき、寮に向かい踏み出したところで。
いきなり後ろから口を塞がれた。咄嗟に振り解こうとするが、
「動くな。動くと殺す」
ボイスチェンジャーで電子的に加工された重い声が耳元で囁いた。
続いて金属製の冷たい何かが首に押し付けられる。
あまりの恐怖に、ただ身を硬くするしかできなかった。
「私は七人目。来訪者と呼ばれる者だ」
その言葉に、ハチが目を見開く。
先刻、食堂で受けた忠告。
死という単語が、じっとりと心の奥に染み込んでくる。
押さえられた口の中で、奥歯がガチガチと小刻みに音を立てた。
いつの間にか溜まった涙が、視界を大きく歪ませる。
「私のことを嗅ぎ回っているらしいな」
小さく首を振って、否定の意を伝える。
「嘘を付くな! 私には解っているのだ!」
一喝され、こくこくと何度も頷く。
やはり来訪者は、自分達の行動を敵視していた。
来訪者は人智を超えた恐るべき存在なのだ。
純理の忠告は正しかった。
しかし、どこか奇妙だ。
極度の恐慌状態が逆にハチを冷静にさせた。
何故、いきなりこんな直接的な手段に訴えたのだろう。
力のある存在である来訪者にしては、あまりに等身大のやり方だ。
大きく息を吸って吐く。固まった指先に意識を集中する。
思ったよりあっさり動いた。あれほど硬直していたのが嘘みたい。
「これは警告だ。これ以上、下らぬ詮索を続けるのなら……」
大体、ボイスチェンジャーというのがおかしい。
どう考えてもこれは人の手による物だ。
ふつふつと怒りが湧いてきた。
リアルとの事で感じた自己嫌悪と、心の底から感じた恐怖。
二つの感情が加わって、普段のハチからは考えられない爆発力を生んだ。
大きく身体をねじった。
いきなりの反抗に束縛が緩む。
その隙を衝いて、口を押さえていた手に思い切り噛み付いた。
「痛っ!」
無様な声を上げて、残った腕でハチの背中を突き飛ばした。
バランスを崩して倒れそうになるのを、ハチは懸命に堪える。
相手の正体を見ようと、急いで振り返った。




