十月十五日(火) -4-
思わず椅子を蹴っていた。
取り落としたフォークが皿にぶつかり、小さな音を立てる。
ジューン・ヨネカワはアカデミーで最も有名な生徒の一人。
漫画制作部の看板作家で、アカデミー屈指のホラー漫画家。
ストーリーの怖さはもちろん、丁寧なキャラクター描写で支持を集めている。
代表作『恐怖の千夜一夜』は圧倒的な売れ行きを誇り、他の追随を許さない。
「私、ファンなんです! 『恐怖の千夜一夜』全部買ってます!」
「ありがとうございます。今年の神有祭でも怪談会をやりますので、是非来てくださいね」
「あ、でもチケットが」
ジューン・ヨネカワの活躍は漫画だけに留まらない。
毎月、お客を集めてのトークショーが行われている。
ショーの内容は怪談話。
独特の語り口調が、生徒達には大人気。二千円もするチケットは、いつも発売と同時に完売。
中には、買ったチケットを転売する者もいるらしいが、その値段は一万円を超えるという噂もある。
「それは残念です。あ、ちょうど余ったチケットがあったのです。よろしければ差し上げましょう」
ブレザーの内ポケットから白い封筒を出すと、すっとハチの前に置いた。
「え、いいんですか!」
思わず伸ばしかけた手を止める。
「遠慮は不要ですよ。いつも本を買って頂いているわけですし、しかも風紀委員として日々アカデミーの為に働いて頂いているのですから。ささやかなお礼と思ってください」
「でも」
「五枚ありますので、ご友人達も誘って是非」
隣室の由香を筆頭に、ハチの仲良しグループは丁度五人。
みんなジューン・ヨネカワのファン。このプレゼントは嬉しい。
今日のケーキのお礼も兼ねて、そんな風に一瞬考えたが。
「あの、すごく嬉しいんですけど貰えません。ごめんなさい」
そっと封筒を押し返した。
予想外だったのだろう。純理の細い目が微かに大きくなった。
「五枚では不足ですか? あと数枚なら……」
「いえ、そうじゃないんです。私、風紀委員なんで、そういうのを貰うのは良くないと思うし」
「別に他意があるわけではないのですが」
「いえ、あの、それに他にも欲しい人が入るはずなのに、なんかズルい気がして」
「そうですか」
小さく息をついて、封筒を懐に仕舞う。
「あの、ホントにごめんなさい」
「いえいえ、わたくしの方こそ失礼しました」
「その、用事って何でしょうか?」
なんとなく間が悪くなり、中断されていた話題に戻った。
「八房さん、驚かないで聞いてください。貴方は非常に危険な状態にあります」
「あの、どういう意味ですか?」
見えない話に、やや不安を感じつつも説明を求める。
そんなハチに純理は顔を近づけると、押し殺した声で告げた。
「今の八房さんは霊的にかなり不安定な状態です。何か心当たりはないですか?」
「そんなこといきなり言われても」
「このままでは手遅れになってしまいますよ」
突き放した言い方が焦燥を煽る。
「来訪者」
純理が発した単語に、ハチが息を飲んだ。
「貴方は最近、来訪者に関する事件に巻き込まれていませんか?」
反射的に頷いた。
「やはり。貴方が何をしているか解りませんが、来訪者はそれを快く思っていないようですね。貴方を排除しようと。霊的な干渉を行っているようです」
「そ、それって、どういう意味なんですか?」
「有り体な言い方をすると、死をもたらそうとしています」
尋ねるハチに、暗い顔で答えた。




