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十月十五日(火) -3-

「あ、ゆかりん」

「気持ち悪いよ。ニタニタしながら食べて。そんなに美味しい?」 

 

 クラスメイトで隣室の扇野由香おおぎの ゆかだった。

 

 丸みのある輪郭に、度の強い眼鏡。

 肩口まで伸ばした黒い髪をカチューシャで留めて、額を露にしている。

 

「こんな遅くまで仕事?」

「まあ、そんな感じかな」

「風紀委員も大変だね。ところで、ケーキ部の新作食べた?」

 

 ハチの隣に腰を下ろす。

 

「え、新作って?」

「モンブランだよ。先月から楽しみにしてたでしょ。今日発売だったんだよ」

「あぁ、すっかり忘れてたよ。色々と用事があったから」

 

 ハチがっくりとうなだれる。

 スイーツは新作と呼ばれる内に食べたいというのが乙女心なのだ。

 

「やっぱりね。だと思って、八房の分も買っておいたんだ」

「うわぁ! 持つべき物は友達だよ! 嬉しいよ!」

「こらこら、くっつくな。ミートソースが服につくでしょ」

 

 抱きついてくるハチの、実に解りやすい親愛表現に苦笑しつつも、満更でもない様子だ。

 

「みんなで一緒に食べよ」

「うん。ちょっと遅くなるかもだけど」

「あんまり待たせると、皆で先に食べちゃうぞ」

「えぇっ、それは酷いよぉ」

「冗談だよ。じゃあ、後で部屋に来てね」

「うん、ありがと」

 

 手を振って別れる。

 

「新作のケーキ、嬉しいな」

 

 数は多くないが、ハチにも親しい友人達がいる。

 同じ寮という事もあって、時折集まってお茶を飲みつつ、スイーツを食べ、他愛ない話に花を咲かす。

 ささやかな楽しみだ。

 

「リアル、何してるんだろう」

 

 フォークをくるくると動かしながら、小柄な友人を思う。

 一人しか住んでいない第六寮。

 夜はずっと一人で過ごしているのだろうか。

 静かな部屋で黙々と本でも読んでいるのだろうか。

 寂しくないのだろうか。

 

「八房智美さんですよね」

「はぇ?」

 

 次の一口を運んだのと同時だったせいか、つい間抜けた声で答えてしまう。

 

 前に立っていたのは、小柄でやや福与かな少女だった。

 

 筆ですっと描いたような細い目に、ふっくらとした頬。

 丸みのある鼻に、健康的な色合いの唇。

 ボリュームのある長い髪が、緩やかな広がりで流れていた。

 

 もぐもぐと咀嚼しつつ、記憶を検索するハチに優しい笑みを見せる。

 その柔和な表情は、どことなく人を安心させる魅力があった。

 

「八房智美さんですよね」

「そう、ですけど。どなたでしたっけ?」

「あ、失礼しました。自己紹介が遅れてしまいましたね。わたくし、三年の米川純理よねかわ じゅんりと申します」

「はあ、米川さん、あ、いや、米川先輩ですよね。失礼しました」

 

 あたふたと立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げる。

 上下関係にうるさい風紀委員の習性だ。

 

「あらあら、ご丁寧にどうも」

 

 微笑みを崩さず、優雅な動作でゆっくりと一礼。

 

「ごめんなさい。食事の邪魔をしてしまって」

「あ、いえ、それは全然。で、私に何か?」

「実は少しお話したいことがありまして。わたくしも座らせて頂いてよろしいです?」

 

 と言いつつ、返事も待たずに対面に座った。

 

「あ、食事は遠慮せずに続けてください」

「はあ、では失礼します」

 

 仕方なくハチも腰を戻した。

 

「あの、米川先輩、話って」

「ふむ、そうですね」

 

 純理は小さく首を傾げ、黙り込んだ。

 

 ハチの方はなんとなく手持ち無沙汰になってしまう。

 フォークを動かしてパスタを絡めるが、口に運ぶのはやはり躊躇われる。

 

「あの……」

「米川純理の名前ではピンとこないですよね。ジューン・ヨネカワという名前の方が、しっくりくるかも知れませんね」

「ジューン・ヨネカワ? ひょっとして! あのジューン・ヨネカワですか!」

 

 

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