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十月十四日(月) -4-

「あの写真って上下の長さに比べて、左右の幅が狭いじゃない」

「それは掲載スペースの関係だよ。左右の余白をカットしたんだ」

「うん。そのカットした部分が見たいの」

「それは構わないけど、理由は聞かせて欲しいな」

「あの時、かなりの生徒が集まってたはずなのよね。だから、野次馬の影とか靴とかが写ってても不思議じゃないしょ。でもそれがないのよね」

「それは……。あ、そうだ。みんなが群がる前にシャッターを切ったんだよ」

「なるほど、そういうことなのね。野次馬が集まってから写真を撮ったと思い込んでた。ちっとも謎じゃないのね」

「まあ、コロンブスの卵みたいなもんかな。こうだと決め付けると、つい思考が固まっちゃうんだよね。ウチも多分にそういう部分があるから、偉そうには言えないけど」

「あはは。でも流石ね、感心しちゃったわ」

 

 すうっとリアルが目を細める。

 

「投身自殺っていう衝撃を目の前に、動揺して我を見失うこともなく、心配して駆け寄ることもなく、野次馬に流されることもなく、感情に押されて悲鳴を上げることもなく、誰よりも冷静にシャッターを切れるなんて。学生と言っても違うわね」

 

 美佳子が息を飲んだ。

 微かに口を開くが、唇が小さく震えるだけで言葉にはならない。

 

 じっとりと粘度のある間。

 彼女が懸命に思考を巡らせているのが、ハチにも解った。

 

「ファインダーを覗いているさ。冷静になれるもんなんだよ。違う場所にいる感じがするんだよ」

 

 か細い声でそう答える。

 さっきまでの快活さは影を潜め、顔色も優れない物になっていた。

 

「あ、聞いたことある。カメラマンはファインダーを覗いていると感覚が麻痺するって。だから、危険なとこで写真が撮れるし、目を背けたくなる惨状の中でもシャッターが切れるって」

「そうそう、そうなんだよ。不思議な話なんだけどね」

「わお、それがプロ意識ってやつね。凄いと思わない、ハチ」

「うん。凄いと思う」

「いやあ、それほどでもないよ」

「つまり、アンタはファインダーを覗きながら、落下してくるのを待ってたわけだ。まるで、落ちてくるのが解ってたみたいに、ね」

「それは、その、ただのまぐれだよ。偶然っていうか」

「ホントにただの偶然?」

 

 リアルの追求に美佳子の目が逃げる。

 

「オカルトを専門としてる新聞部だしさ。何か幸運を引き寄せるおまじないがあるんじゃないの?」

「え? あ、うん。いや、まあ、企業秘密ってことで」

 

 たどたどしく答えると、美佳子は紙コップを掴んだ。

 そのまま中身を一気に飲み干し、大きく息をついた。

 

「でも、これで疑問は解決したよね。だからネガは……」

「待って。実はネガに犯人特定に繋がる物が写ってるはずなの」

「ちょっと、それ、どういうこと?」

 

 美佳子が明らかな狼狽を見せる。

 

「ごめん。捜査上の機密事項だから言えないんだけど。でもね、ネガを見れば一目瞭然だから。ね、見せてくれない?」

「その、えっと、急に言われても用意は、すぐになんて」

 

 何か隠しているのは明白だ。このまま押せばとハチが思った矢先。

 

「そっか。いきなりじゃ困るよね」

 

 リアルが追求の手を緩めた。

 

「水曜か木曜にでも、また来させてもらっていい?」

「え?」

 

 その方向転換に美佳子が一瞬呆ける。

 

「それとも待たせてもらう方が……」

「いや、いいよ。特集号の増刷分をチェックしないといけないし、その方が助かるから」

「じゃあ、お願いするわ。今日はごめんね。時間を取らせちゃって」

 

 リアルが椅子から腰を上げる。

 

「さ、ハチ、帰るわよ」

「でも、リアル」

「あんまりお邪魔しちゃ悪いでしょ。部長さんは忙しいんだからさ」

 

 満面で未練をアピールするハチを促がした。

 

 その後、すっかり元気を失くした美佳子から、増刷された特集号を受け取って部室を後にする。

 

 商業部の棟を出たところで、リアルが溜息混じりに声を掛けた。

 

「ハチ、いつまでそんな顔してんのよ」

「桝村先輩、絶対何か隠してるよ」

「みたいね。あんだけ顔に出る子も珍しいけど」

「ね、どうして止めちゃったの? あのまま押せば……」

「あれ以上は無理。下手に刺激して追い出されたらどうすんの。生徒会の後ろ盾って言っても強制力はないんだから。まあ、不満なのは解るけど。何事も焦りは禁物よ」

 

 確かに一理あるのかも知れない。

 こういうやり取りをリアルは慣れているはずだ。

 

 大きく息を吸い、不満と一緒に吐き出した。

 幾分気持ちがすっきりする。

 

「ね、リアル。犯人特定に繋がる物ってなに?」

「ん? 何の話?」

「言ってたでしょ。ネガに犯人特定に繋がる物が写っているって」

「あぁ、そんなの嘘に決まってるでしょ」

 

 意味が理解できず、ハチはリアルの言葉を何度も反芻した。

 約一分、じっくりと熟考した結果は。

 

「う、嘘ってどういうこと!」

 

 自身すらびっくりするくらいの叫びになった。

 

「言い方を変えたら解りやすいかな。ハチ、野次馬達が写ってないのってそんなに変なことだと思う?」

 

 改めて聞かれる。

 

「変じゃないかも。みんな、人形からある程度離れていたはずだし、偶然写らないってこともあるよね」

「そうね。じゃあ、ここで問題。何故、桝村美佳子はそう言い切れなかったか」

 

 リアルの質問にハチが首を捻る。

 

「それは……」

 

 浮かんだ答えは、あまりに有り得ない物だった。

 笑われるかも知れない。

 そんな思いが口にするのを躊躇わせる。

 

「見当外れでもいいじゃん。それともアンタは、どんな間違いもしない完璧な人間なの?」

 

 不器用な言葉が背中を押してくれる。

 

「そうだよね。私は失敗ばかりだもん。少しくらいの間違いは笑って済むよね」

「アンタは失敗が普通だから、全然安心していいわよ」

「その言い方はあんまり嬉しくないんだけど」

「褒めてるつもりなんだけどな」

「はあ、もういいよ」

「あはは。そんながっかりしないの。で、答えは?」

「ひょっとして、桝村先輩は現場にいなかったのかも」

 

 それなら写真があるはずない。

 あまりにバカバカしい答えだ。

 

 しかし、リアルの反応は。

 

「ハチ、なかなか鋭いぞ。正解よ」

 

 にぃっと犬歯を覗かせた。

 

「あの子は、野次馬達が人形からどのくらい離れて集まっていたか解らなかったの。つまりあの場にはいなかった。じゃあ、写真はいつ、どこで撮ったんだろう?」

「別の人が撮ったのかも」

「それはないわね。あの子は自分で撮ったって言い切ってた。部員に当たれば、すぐにバレちゃう嘘は流石につかないはずよ」

「じゃあ、写真はいつどこで」

「人形が落ちる前か、落ちてからか。でも人形は直ぐに倉庫に運び込まれた。こっそり持ち出して、写真を撮って戻すなんて無理よね」

「じゃあ、落ちる前だよね。でもそれって事件が起こる前だから」

「そう。あの子はこの事件に一枚噛んでる。間違いない」

 

 理屈は通っている。

 しかし、それはリアルの積み重ねた推測に過ぎない。

 

「証拠がないよね」

「残念ながら、まだ物証はないわ。でも根拠はある。それはアンタも知っていることよ」

「え? どういうこと?」

「ヒントは木曜の新聞と特集号。この違いが何か解る?」

「ひょっとして値段かな」

「そうね。この特集号はこの薄さで二百円。ぼったくりも酷い感じ……って違う!」

「え? え?」

「もう! バカな冗談に乗ってあげただけよ!」

 

 頬に朱を浮かべて、声を荒げた。

 

「照れるくらいなら、言わなきゃいいのに」

「なに? 文句があんの?」

「ううん、全然ないから。で、違いって」

 

 促がすハチに、小さく咳払い。

 気分を落ち着かせて続きに戻る。

 

「ここ見てごらん」

 

 先ほど貰った特集号の最終ページを開く。

 発行元と発行日が記されていた。

 もちろん、第四新聞部と今日の日付が入っている。

 

「あ!」

 

 気付いたハチが小さく声を上げた。

 

 その下には版数として、第二版の文字が書かれていた。

 慌てて、自分の買った分を確認する。

 第一版。増刷前だから当然だ。

 

「アカデミーで書物を発行する際には、発行元、発行日、そして版数を明記せねばならない。これがアカデミーで決められたルールよね。特集号は見ての通り、増刷されている」

 

 興奮した顔で、ハチが頷く。

 

「特集号は売れるかどうか自信がなかったのね。だから、不足して増刷した。一方、木曜の新聞は、アカデミーの大半の生徒が買ったはず」

「うん。クラスのみんなが手にしてたよ」

「にも拘らず、不足はしなかった。売れない第四新聞部が随分と思い切った数を作ったものね。売れ残ったらどうする気だったのかな。大損しちゃうわよ」

「でも、あれほどの関心事だったから、売れると踏んだんじゃないかな」

「いつも以上には出るという予測は立ったと思う。でも、財政に窮していた新聞部が、それほど思い切った勝負を打てるもんかな。そもそも印刷する紙のストックがよくあったわね」

「そう言えば変だね」

「じゃあ、どうして今日は勝負を打たなかったんだろ。売切れから増刷までの間に、諦めちゃうお客さんは沢山いるのに。しかも今日中に売り尽くす必要はないから、多目に作っておけばいいんだし」

「確かに奇妙だね」

「正直なところ、第四新聞部はニーズに沿った記事を書けないし、市場の調査もできてない。その新聞部が木曜日は見事な決断で、最高の利益を上げた。ここから導き出せる仮定は?」

「別の誰かが発行指示をしたとか?」

「その可能性が高い。そして、その誰かさんの目的は、新聞を通して、目撃していない生徒に来訪者からのメッセージを告知することだったんじゃないかな」

「じゃあ、その誰かって言うのは!」

「この事件に深く拘わっている人間。つまり来訪者本人だと考えられる」

「やっぱりリアルが凄いよ! 新聞からここまで解るなんて!」

「そ、そんなことないわよ。アンタが鈍過ぎるだけよ」

 

 キラキラと瞳を輝かせて称賛するハチから、ぷいっと視線を逸らした。 

 

「ここまではただの推測。ちゃんと裏をとらないとね。ハチ、明日クラスの子に木曜分の版数を確認してみて。あと紙の購入量とか、生徒会で調べたら解る?」

「うん。聞いてみる」

「水曜に報告できる?」

「大丈夫。任せてよ」

 

 薄い胸を叩く。

 どことなく頼りない感じは拭えない。

 

「さて、面白くなってきたわ。来訪者とやらの化けの皮を剥がすのが楽しみね」

 

 不敵な表情で呟く。

 その顔は悪役のそれだなとハチは思った。




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