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十月十四日(月) -3-

「見てくるから、待ってて」

 

 返事も待たずにハチが駆け出す。

 

「落ち着きのない子、それに要領も悪いし。手間が掛かるわね」

 

 人の波に弾き返されて、右往左往しているハチを遠目に呟く。

 

「まあ、ゆっくり待たせてもらうわ」

 

 自分が行って人込みを掻き分けてあげるのは簡単だ。

 しかし、ここはハチの頑張りに任せるべきだろう。

 

 数分後、戻ってきたハチの状態は無残だった。

 押されて転倒したせいで、制服は土で汚れ、頬には擦り傷が出来ている。

 顔に怪我をするくらいなのだ。足や手にはもっと傷があるだろう。

 それなのに嫌な表情の欠片すら見せず、

 

「新聞部の特集号が出てたよ。これ、一部だけだけど買えたから」

 

 どうだと胸を張って、数枚の紙をホッチキスで留めただけの安っぽい雑誌を差し出す。

 

「ホントにオバカなんだから」

「え、なに?」

 

 溢した言葉は届かなかった。

 聞き直してくるハチに優しい笑顔を見せる。

 

「ううん。ありがと。お疲れさんだったわね」

「でも特集なんて珍しいね。そのボリュームで二百円も取るのは、どうかと思うけど」

 

 表紙にはデカデカと、「来訪者の真実に迫る!」と胡散臭い文字が躍っていた。

 

「噂で持ちきりだからね。高くても売れるでしょ」

「こういうのを商売上手って言うんだよね」

「あこぎな商売って言うのよ」

 

 さっとページを捲って記事を斜め読み。

 水曜と金曜の事件が、例の『七人目の来訪者』と合わせて書かれていた。

 更には、第三の事件の発生や来訪者の携えてくる物についても言及されている。

 しかも巧みに不安を煽る文章で。

 

「良く書けてる」

 

 素直に感心しつつ、最後のページで発行元を確認。

 

 第四新聞部だった。

 毎週木曜に新聞を発行しているクラブだ。

 

 木曜の新聞はオカルトゴシップ中心の低俗誌で、その内容は眉に唾を塗って読んだ方が良いレベル。

 最近の特集では、どう見ても玩具にしか見えないUFOの写真や、明らかに作為的な心霊写真を、本物として解説していた。

 

 その内容故に、コアな読者を除くと誰も見向きもしない。

 販売部数は気持ち良く右肩下がり。廃部も時間の問題と噂されている。

 最近は販売数を増やそうと、過剰な見出しが目立つ。

 それが一層の読者離れを助長させるという、最悪のスパイラルを展開していた。

 

「水曜の事件の記事を最初に載せたのも、第四新聞部だったわよね」

「うん。事件の翌日だったし、一面で取り扱ってたし。クラスの殆どの人が買ってたよ」

「へえ、なかなか興味深い話ね」

 

 すうっと目を細めた。

 穏やかな子猫の眼差しから、狩りに向う獣の鋭い目に変わる。

 

「ハチ、第四新聞部に行ってみるわよ」

 

 いきなりの展開についていけないハチを置いて、リアルが歩き出した。

 

 

                    ※ ※ ※

 

 

 各クラブの部室は校舎の敷地外にある。

 

 寮と反対側、つまり南門を出て東に歩くこと数分。

 校舎より一回り小さな棟が三つ、川の字に並んでいる。

 各クラブは運動部、文化部、商業部に分類され、それぞれの棟に部室を借りる事ができる。

 

 運動部は西側の棟で、一階がシャワールーム。

 二階から最上階の四階までが、各クラブの更衣室兼用具置き場。

 文化部は中央の棟になり、一階を倉庫、二階から上が各クラブの作業室となっている。

 東が商業部。

 

 商業部の部室は非常に個性的だ。

 広さはまちまち。運動部や文化部の三倍近い部屋もある。

 備品もユニーク。巨大冷蔵庫や調理器具を備えている部屋もあれば、パソコンやプリンタを保持している部屋だってある。

 

 商業部は存続条件も大きく異なる。

 

 運動部や文化部であれば、存続のポイントとなるのは部員数。十名以上の部員が存在すれば、部室の保持が可能だ。

 しかし、商業部に人数制限はない。

 存続に必要なのは、その部室の広さや設備に応じた使用料金を払えるか否かだ。

 

 アカデミーで個人レベル以上の商売を行うには、商業部として認可される必要がある。

 それを考慮すれば、このシステムは妥当だと言えるだろう。

 

 商業部棟の二階は五つの新聞部が並んでいる。

 中で最も活気に溢れているのが第四新聞部。

 リアルとハチが足を運んだ時も、紙束を抱えた数人の部員がドタバタと出入りを繰り返していた。

 

 リアルが手近な部員を呼び止める。

 あからさまに迷惑そうな顔をされたが、とりあえずは部室に通された。

 

 中は更に慌ただしい。

 

「リアル、すごく忙しそうだよ。お邪魔する雰囲気じゃないよ」

 

 時折飛び交う怒声と切羽詰った緊張感に、ハチはすっかり尻込みしてしまう。

 

「気にすることないわよ。こっちには会長様のお墨付きがあるんだから」

 

 いきなりの珍客を気にしつつも、誰もが自分の作業で手一杯だった。

 放置されること数分。奥から一人の生徒がやってきた。

 

「待たせちゃったかな。生徒会からだって?」

 

 すらりと背の高い少女だった。

 意志の強そうな目に、細い鼻、ルージュの乗った唇から覗く白い歯。全体的なバランスも悪くない。

 髪はミディアムのハイレイヤー。明るいメイクに合わせ、左の前髪を淡い朱色に染めている。

 沙耶とは違うタイプの大人の香りがした。

 

「三年の桝村美佳子ますむら みかこさんね。お会いできて嬉しいわ。私は、詩方真実。リアルって呼んでね」

「第六寮の少女だね。ウチも噂は聞いたことがあるよ。真実を見抜く瞳を持ってるんだって?」

 

 リアルの差し出した手を、笑顔を崩さず握り返した。

 

「ただの噂よ。信憑性のない低俗なゴシップの類ね。で、こっちはアシスタントのハチ」

「え!」

 

 その紹介は酷いよ、と反論しようとするが。

 

「へえ、ハチちゃんか。可愛いあだ名じゃん」

「う、あの、その、ハチです。よろしくお願いします」

 

 タイミングを失って、力なく握手を交わした。

 

「それにしても、部長さんが自ら顔を出してくれるなんて嬉しいわ」

「部長のウチが比較的暇なんだよね。で、何の用かな」

「今、来訪者について調査を進めてるんだけど、頼みたいことがあってね。少しお時間貰える?」

「構わないよ。相手が生徒会となれば断れないしさ。じゃあ、こっちにどうぞ」

 

 部室の隅に案内された。

 パイプ椅子が四脚と小さな丸テーブルだけが置かれた、実に簡素な打ち合わせスペースだった。

 

「ペットボトルのお茶しかないんだけど、いいよね」

 

 手際良く紙コップを置くと、ペットボトルから注ぐ。

 

「随分と忙しいみたいね」

「元々、ウチの部は人数少ないし、対応に追われてる感じだよ」

「来訪者関連の記事を大々的に取り上げてるのは、ここだけよね」

「一応ね、棲み分けみたいなのがあるんだよ。第一新聞部は生徒会関連が中心だし、第二はファッション中心ってさ。こういうオカルトはウチらの担当だからね」

「なるほど、アタシ的には木曜の新聞が好きなんだけどな。内容は眉唾なのが多いけど、時折読ませる文章を書くわよね」

「嬉しいこと言ってくれるね。まあ、内容が眉唾ってのは引っ掛かるけど」

「あはは。そう言えばさっき、校門で特集号を販売してるのを見かけたんだけど」

「先週の金曜に第二の事件があったからね。他の新聞部は悪戯を記事にする気はないってスタンスだし。でもこの情報を求めてる人が多いと思ってさ」

「今一番熱いニュースだしね。でも混んでてさ、アタシは買えなかったのよ」

 

 リアルの嘘にハチが驚く。

 思わず言葉が出かけたが、どうにか堪えた。

 

「そりゃ悪いことしたね。折角来てくれたんだし、持って帰ってよ。今、増刷中だから」

「ありがと。でも、木曜に加えて、今日の特集号でしょ。かなり儲かったんじゃない?」

「ぶっちゃけ、かなりね。お陰で財政も建て直せつつあるよ。不謹慎かも知れないけど、来訪者様に感謝したいくらいかな。で、頼みって?」

「あ、そうね。いつまでも喋ってられないわ。お願いしたいことがあったのよ」

 

 先を促した美佳子を焦らすように、紙コップを口に運ぶ。

 

「木曜分の一面ね、あの写真を撮ったのは誰?」

 

 木曜日の一面は、コンクリート通路に手足を投げ出して横たわる人形だった。

 リアルが指しているのはそれだ。

 

「ウチだよ。自分の記事は自分で写真を撮ることにしてるんだ」

「それなら丁度良かった。実はネガを見せて欲しいのよ」

「それは構わないけどさ。どうして?」

「あの写真、どうにも納得できないとこがあるのよ。違和感っていうのかな」

「違和感?」

 

 美佳子の笑顔が僅かに揺れる。

 

 

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