十月十四日(月) -1-
十月十四日(月)
実に下らない遊びだった。
アカデミー図書館の奥にあった一冊の本、『黒魔術大全』に挟まれていたメモ。
そこに手書きされていた胡散臭い召喚儀式を見つけたのが発端だった。
異世界の強力な存在である『来訪者』を呼び出し、その人智を超えた力で願いを叶えてもらう。
だが、来訪者は狂気と絶望を携えた忌むべき者。
その召喚には、大きな、大き過ぎる代償が必要となる。
誰もが失笑してしまうほどの、余りに稚拙な内容だ。
オカルト研究部の七人も、その内容に信憑性の欠片すら感じていなかった。
そもそも彼女達自身、オカルトに関して深い知識を持っていたわけではない。
ただ占いや怪談話が好きな仲良しグループ。
部活と称して、他愛ない怪談や噂話に花を咲かせる程度だった。
だから。
「一回試してみようよ。どうせお遊びなんだからさ」
部長の提案を真剣に受け止める者なんているはずもなかった。
かくして、合宿と称し、その儀式は行われる運びとなった。
参加者は七人全員。場所は体育館。時間はメモに記されていた通り、午前二時。
床に円を描き、その中に三角形を上下に重ねる。これで召喚用の六芒星は完成。
その頂点に、それぞれが蝋燭を持って立った。
「だゆんもし、いだたぶこや、いまたすまと」
来訪者を呼び出すとされる呪文を全員で三度読み上げる。
「偉大なる来訪者様。賢明なる愚者が貴方様の路を開きます。こちらにおいで下さい。その偉大なるお力を持って、我らのささやかな願いをお聞き下さい」
ぞくり。
全員が悪寒を覚えた。儀式の奥に潜む不気味さを感じたのかも知れない。
「ねえ、なんか気味悪いから止めない?」
そんな言葉が喉元まで出掛ける。が、口にする者はいなかった。
ただの遊びという認識があった。
臆病だとバカにされるのが嫌だった。
一人でないという安心感があった。
理由は色々と考えられる。
結果として、本能が告げる恐怖のサインから目を逸らし儀式は続けられた。
「いまろとる、ぱぽりぴねはよ、ぶこやれで、んあろてぺ」
無意味な音の羅列としか思えない韻律を、また三回繰り返した。
粘り気を帯びた空気が肌に纏わり付いてくるような、喉を締め付けてくるような、そんな奇妙な感覚を覚える。
しかし、それでも儀式は止まらない。
最後の意思確認。視線を交わして頷く。
「来訪者様、私の願いを叶え下さい。私は次のテストで高得点がとりたいです」
願いを伝えると自分の蝋燭に火を点す。
この明かりを目印に来訪者はやってくるのだ。
「来訪者様、私の願いを叶え下さい。私は素敵な恋がしたいです」
「来訪者様、私の願いを叶え下さい。私はクラスに大嫌いな奴がいます」
「来訪者様、私の願いを叶え下さい。私は……」
「来訪者様、私の願いを……」
願いはどれもつまらない物ばかりだった。
「来訪者様、私の……」
最後のキャンドルに火が点いた瞬間。いきなり体育館が揺れた。
立っていられない位の大きな揺れだった。が、それも数十秒。重苦しかった気配は霧散し、平穏な空気が戻っていた。
「ほ、ほら、やっぱり何もなかったね。地震が起こったから、ちょっとびっくりしたけど」
部長のその一言に、全員が安堵した。
そう、これはただの遊びだったのだ。
テレビのバラエティーでよくある心霊スポットの探検や、低俗な雑誌に特集される心霊写真と同じレベルの。
本当に他愛ない、実に下らない遊び。
興奮しつつも、そう結論付けた。そして全てが終わった。
はずだった。しかし。
翌週の水曜日。
部長が屋上から身を投げた。遺書はなかった。
そして金曜日。
二人目が自室で首を吊った。やはり遺書は残されていなかった。
更に三人目が車に飛び込み。四人目はガソリンを被って火を点けた。
五人目は浴室で手首をカミソリで切り、順に命を絶った。
もちろん、アカデミー側も対策を講じていたはずである。
しかし、五人が立て続けに自殺するという異常事態に対応できるはずがなかった。
そして事件を追うアカデミーの治安官と本土からの調査員を嘲笑うかのように、六つ目の事件が起こる。
他の五人とは違い、六人目は遺書を残していた。
そこには。
合宿と称して忌まわしき儀式、来訪者の召喚儀式を行った事。
他の五人が来訪者との契約に従い、代償として命を支払った事。
自分は儀式の途中で怖くなり、呪文を唱えるフリをしていた事。
その為に儀式は失敗し、来訪者が不完全な状態で召喚された事。
儀式を汚した自分が来訪者によって制裁を受ける事。
が記されていた、と言われる。
制裁。
確かに六人目の死は自殺より他殺の色が濃かった。
彼女はベッドの上、鋭利な刃物で腹を割かれて死んでいたのだ。
しかも、それに使われた凶器は見つからなかった。
事件当夜、彼女の部屋を見張っていた治安官が争いの音を聞いていない点、彼女に抵抗した形跡が見当たらなかった点、加えて異常性の含まれた遺書を考慮し、自殺と判断された。
結局、六人については自殺。
儀式に参加したとされる七人の中で、生存者は一人となった。
そして、六人目の死の直後、七人目が消えた。
忽然と。
彼女は消えたのだ。
彼女と近い距離にいたはずの人間も、クラスの担当教諭ですら、彼女の名前はおろか顔すら思い出せなくなっていた。
何者かが存在していたという曖昧な認識だけが、残された唯一の物だった。
そこに至って、何故彼女だけが消えたのか。何故生き残る事ができたのか。
ようやく理解できた。
答えはあまりにシンプル。彼女は『違ったから』だ。
あの夜、あの儀式を行ったのは六人。
七人目は哀れな六人によって呼び出された来訪者だったのだ。
来訪者は何処に行ったのか。制裁を終え還ったのか。
不完全な儀式で呼び出された来訪者は元の世界に戻れず、こちらの世界に存在できず、次元の狭間を彷徨っているのではないだろうか。
忘れてはいけない。
犠牲となった五人は願いを叶えられる事なく命を奪われたのだ。
忘れてはいけない。
来訪者は狂気と絶望のみをもたらす忌むべき者でしかない。
忘れてはいけない。
来訪者は待っている。再び愚かな者が己を呼び出すの日を。
永劫を思わせる深い闇の中で。じっと静かに。
※ ※ ※
「下らない話ね」
月曜日の放課後。
第六寮はリアルの部屋。畳みが落ち着く六畳間。丸いちゃぶ台の前。
レポートから顔を上げたリアルの第一声は、ハチが期待していた物とは大きく違っていた。
悲鳴を上げるまではなくても、鎮痛な顔で「怖い話ね」くらいはあると思っていたのに。
「あ、でも良く書けてるわ。なんというか、辛うじて文章になってるレベルよ」
あからさまにがっかりするハチに、慌ててフォローをする。
「うん、ありがと」
方向性がずれているのに加えて、褒めているように思えない台詞だが、とりあえず礼を述べる。
リアルの言動には耐性が付きつつあった。
「こんな低俗な怪談が流行ってるなんて、アカデミーにはメルヘンチックな連中が多いのね」
湯呑みに砂糖を山盛り二杯落とすと、ずずっとはしたない音を立てる。
リアルの味覚に感心しつつも、ハチも湯呑みを手にする。
そこで気が付いた。
「あれ? いつお茶を入れてくれたんだっけ?」
「ん?」
リアルにしては珍しく、しばしの間があった。
「えっと、アレよ。アンタがレポートについて補足してくれてる時に淹れたの。気が付かなかった?」
「そうだっけ」
喋るのに夢中になって周囲を見てなかった。
怖がりな性格なのに、この手の話は大好きなのだ。
「しっかりしてよ。ぼけっとするのも限度があるわよ」
「褒めてるんだよね」
「何言ってんの。注意してあげてんでしょ」
リアルの基準はやっぱり良く解らない。
ハチが反応に困っている間に、リアルが腰を上げた。
「さて、とりあえず会長室に行こっか。今日は人形を見せてもらう約束だったしね」
「あ、うん」




