十月十一日(金) -8-
「はい、なんでしょう」
「まず、一つ目。アタシのことはリアルって呼んでもらえる? そっちのが気に入ってるから」
彩音と沙耶が笑顔で同意を表わす。
「で、もう一つ。助手としてあの子を貸して欲しいの」
「ふぇあぁ?」
自分に向けられた指に理解が追いつかず、智美は随分と間の抜けた声を出した。
「解りました。八房さん、お願いします」
「やや頼りないけど、信用できる子だから安心よ」
「ややじゃなくて、随分と頼りない部類に入るんだけど。あ、これは褒めてるんだからね」
当人の意志確認もなく、するすると話が決まっていく。
「そんな! 助手なんて無理です!」
ソファーから立ち上がって、情けない主張をするが。
「リアルって呼んでもらってるんだし、アタシもニックネームで呼ばせてもらおうかな」
既にリアルの頭は次の問題に進んでいた。
「リアル、ちょっと聞いてよ。私なんかより、もっと優秀な人がいるから」
「八房智美だから、そうね」
智美の主張を全く意に介さず、思考を巡らせる。
「よし、ハチにしよう」
「は、はちぃ?」
「八房だから、ハチ。うん、悪くない。これで決まり」
子犬みたいな名前。しかもどことなく智美のイメージに合う。
その絶妙なセンスに、彩音と沙耶は口元を押さえて笑みを隠した。
「ハチって、そんなの酷いよ。おかしいよ」
「じゃあ、改めてよろしくね、ハチ」
リアルの瞳には悪気の欠片も映っていない。
このあだ名が意地悪や嫌がらせでなく、親愛の情を表現しているのが解る。
結局、智美は力なく頷いてしまった。
「ところでさ、事件が起こった日なんだけど」
さらりと話題を変えて、リアルが尋ねる。
その顔を窓に向け、差し込んでくる柔らかな夕日に目を細めた。
「何か見なかった?」
唐突な質問に彩音と沙耶が顔を見合わせる。
「ここは西校舎の屋上が、アカデミーで一番良く見える場所でしょ」
アカデミーの各校舎は、内側に教室を並べた造り。
つまり、教室の窓から外を見ればグラウンドが、教室を出て廊下からは敷地の外が見える。
「角度があるから、ちょっと微妙なんだけど。ほら」
リアルが指し示した。窓から見える西校舎の屋上は、視線を三十度くらい上げた状態になる。
「三階だったら、角度がもっと付くから、あんまり見えないんじゃないかな」
「三階からでも屋上に人がいれば十分に見えますよ」
「立っている人間はね。でも、屈んでいる人間は見えるのかな」
「身体を低くすると、見えないかも知れません。でも、確かにここからなら見えると思います。試したことはありませんが」
「四階は生徒会関連の部屋しかないのよね」
「はい。会議室と各委員の部屋になっています」
「その時刻、他に見てた人はいるのかな?」
「いません。放課後、直ぐに来る人間は少ないのです。色々と都合もありますし、各委員の集合は十六時三十分となっていますので」
「沙耶は真面目だから、誰よりも早く会議室に行って、私宛の書類を持ってきてくれるの」
「それが副会長としての業務ですから、本来なら会長もそうでないと困るのですがね」
と沙耶が小言を継ぎ足す。
「じゃあ、あの日も副会長が最初に来たわけね」
「会議室の鍵は私が開けました。それから会長宛の物を手にして」
ふと、眉を潜めた。
濁った赤、血液を思わせる封筒が頭を過ぎる。
「ん、どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
眼鏡をくいっと上げるいつもの仕草で、忌まわしい記憶をひとまず脇に置く。
「会長宛の物を持って、この部屋に来ました」
「時間がいつくらいだったか解る?」
「正確には解りませんが、十六時前。十五時四十五分くらいだと思います」
「人形が落下したのは、十六時過ぎくらいだったわね」
「はい。でも、特に何も見たりは……あ、そうでした」
「あの日はカーテンが掛かっていたんです」
窓の脇に束ねられている分厚い遮光カーテンを指差す。




