十月十一日(金) -7-
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ばんっ!
沙耶の手が力一杯机を叩く。
すぐ近くから飛び込んでくる激しい音に、デスクに座った彩音はびくりと首を縮めた。
「会長、説明して頂けますね?」
その目つきと口調は、質問ではなく詰問だ。
「あのさ、今日はさ、その、ほら、ケーキ部の新作が発売される日でしょ」
ケーキ部とはその名の通り、ケーキを制作販売するクラブである。
乙女の園であるアカデミーにおいて、スイーツは最大の関心事。
ドーナツ部やクレープ部等、様々なクラブが放課後に露天屋台を出している。
「だから、その、味見に……。いや、そのね、視察っていうか、そう、衛生管理を含めて確認しておかないとって。あくまで生徒会長の職務の一環として……」
沙耶の手が再び机を打ち付け、彩音の苦しい言い訳を断ち切った。
「いい加減、生徒会長としての自覚を持ってください。今はとても大切な時期なんですよ。しかも、あんな事件まであったのに」
「それは解ってるけど」
「解っていません。朝から何度も念押ししたはずです。にも拘らず、ケーキを食べる為にすっぽかすなんて。生徒会長としての職務を何だと思っているのです」
「ついうっかり忘れただけなのに」
「ついうっかり、で済む問題ではないでしょう」
「ただの悪戯に大袈裟過ぎだよ。しかも訳の解らない人まで雇う必要ないのにさ」
「会長!」
不満気に口を尖らせる彩音に、沙耶が声のボリュームを上げる。
「まあ、いいんじゃない。会長の言い分は最もだと思うわよ」
少し離れた場所になるソファーから、リアルが割り込んできた。
沙耶が慌てて視線を向ける。
リアルの性格は噂で聞いていた。
融通の利かない変わり者。気分家でへそ曲がり。
訳の解らない人呼ばわりされた彼女が、どんな反応を取るか簡単に予想ができた。
が、リアルは顔色を変える事もなく、落ち着いた仕草で来客用のカップを口元に運ぶ。
カップの中身はコーヒー。リアル的には遠回しに、一般的には露骨に要求した物だ。
「う、にがっ」
「やっぱり、ミルクと砂糖を入れた方がいいんじゃない?」
と、智美が建設的な提案をしてみるが。
「要らない。コーヒーはブラックで飲む物なのよ」
「もう、意地っ張りなんだから」
「違うわよ。インスタントの安物がアタシの口に合わないだけよ」
そう言い切るとカップをテーブルに戻した。
「で、どうする? アタシに依頼する?」
「もちろん、お願いします」
彩音が口を開くよりも早く、沙耶が答える。
「ちょっと、沙耶、今の生徒会にそんな予算は……」
「費用なら私がポケットマネーで支払います」
彩音の不満をばっさり斬り捨てる。
「神有祭を控えている今、どんな些細な物でも、不安材料は取り除くべきです。結果がただの悪戯であるなら、それも良しです。しかし、万が一にも、会長の身に何か起こるようであれば、私は……私は……」
言葉が途切れた。
感情に押されて続きを失っているのが解る。
「沙耶がそこまで言うなら」
彩音が大きく息をついた。
それからリアルに顔を向けると、深々と頭を下げる。
「不愉快な思いをさせてごめんなさい。力を貸して欲しいんだけど、お願いできる?」
「もちろんよ。そのつもりで来たんだし」
ソファーから身軽に立ち上がると、デスクまで移動。
好奇心旺盛な子猫を思わせる愛らしい表情を浮かべつつ、右手を差し出す。
「お金の方は気にしないで。今回は貰わないって約束したから」
リアルの意外な一言に驚きを浮かべた彩音だったが、直ぐに笑顔で手を握り返す。
「ありがと。助かるな。よろしく頼むね」
「じゃあ、契約成立ってことで」
「ありがとうございます。私からもよろしくお願いします」
続いて沙耶も握手を交わす。
「詩方さん、生徒会は全面的なバックアップを約束致しますので、何でも遠慮なく仰ってください」
「ありがと。早速二つばかりお願いしたいことがあるんだけど」




