十月十一日(金) -3-
じゃあ、何の数なんだろう。智美の頭に疑問符が浮かぶ。
と、リアルの小さな手に磁器の壷が乗っているのに気付いた。
喫茶店などで見かける砂糖入れに見えるが。
「ちなみにアタシは二つ」
蓋を開けると、やはり白い粉、グラニュー糖だった。
リアルはスプーンで砂糖をすくうと、自分の湯呑みに入れる。
「え!」
唖然とする智美を差し置き、もう一杯。
スプーンでくるくる撹拌すると、微塵の迷いもなく口に運んだ。
ずずっとはしたない音を立て飲む。
「ふう、お茶は葵の心よね。で、いくつ?」
「あ、ううん、その、私はストレートで」
リアルの手から逃れるように、そっと一口含んだ。
「アンタ、八房智美よね?」
ゴクンと飲み込む。まだ名乗ってないはずなのに。
「風紀委員が来た。ってことは生徒会が私の力を借りたいってことかな?」
動揺する智美に、リアルがアーモンド型の目を満足そうに細める。
「噂くらいは聞いてるんでしょ?」
第六寮に住む少女は、真実を見抜く不思議な瞳を持っている。
最近、真しやかに流れている噂だ。
智美自身、それほど信じていなかったのだが。
「アタシの瞳には真実を見通す神秘の力があるの」
名前だけでなく、目的まで言い当てられた。
やはり人智を超えた力、超能力を持っているのだろうか。
「凄い」
感動の言葉が自然に漏れる。
それを聞いたリアルが、いきなり吹き出した。
「あはは。アンタって単純ね。冗談よ。超能力なんてあるわけないでしょ。アタシは中等部全員の顔と名前、それにある程度の情報を記憶してるだけ」
「全員を記憶って、そんなのできるはずないよ」
中等部の生徒は四千人以上、それを全て覚えるなんて不可能だ。
「ね、アンタさ、百メートルを十一秒台で走れる?」
「走れるはずないよ。無理に決まってるよ」
「でもね、陸上部三年の三杉って子は走れるんだって。要はね、努力と才能なの」
そんな風に言われると、返す言葉がない。
「アンタの顔を見れば十分に健康なのが解る。睡眠も食事もちゃんと採れてるってね。つまりアタシの力が必要なほどのトラブルは抱えてない。じゃあ、誰かに頼まれたってことよね。普通の子なら直接出向く。わざわざ友人を介したりしない。友人以外の誰かと推測すれば……」
「風紀委員、つまり生徒会からになる」
「ご名答。いいこと教えてあげるわ。この世界の大部分は知恵と分析で割り切れるのよ」
得意そうに、ふふんと鼻を鳴らした。
生意気な仕草にも嫌味を感じさせないのは、彼女の持つ独特の雰囲気故だろう。
「余興はこれくらいで、本題に入ろっか。アタシには時間がとっても貴重なの。それに見合うだけの対価を払ってもらうわよ」
右手を広げて、智美に突き出した。
「一ヶ月、二十日で五万円。どう? 高くないでしょ?」
「ご、五万?」
智美は反射的に声を上げていた。
アカデミーは原則仕送り禁止。
生徒達の手による擬似社会、という御題目があるからだ。
当然、生活費も自分達自身で稼ぐ必要がある。と言っても、それほど大袈裟な話ではない。
寮があるので住居の心配はないし、制服や部屋着は支給品がある。しかも、普通に生徒をしていればお金が貰える。
出席数が八割を超え、定期テストで赤点を採らなければ、毎月三万円の賃金がもらえる。
学業という、アカデミー生の本分に対する報酬だ。
食べて行くだけなら、これで十分。でも、有意義な学生生活には足りない。
夢見る乙女に交友やおしゃれは必須なのだ。
アカデミーでお金を得る手段はいくらかある。
まずはクラブ活動。
運動部なら本土の学生大会に、文化部であればコンテストやコンクールに参加し好成績を修めればよい。
それにより本土から報奨金が授与される。
また、クラブには商業部というアカデミー内で商売をする物がある。
週刊誌を発行する新聞部やヌイグルミを売る手芸部。喫茶店を経営する喫茶部など、他では見られない独自の物だろう。
その部員として働いて賃金を貰うというのも、アカデミーでは一般的だ。
後は生徒会に参加するのも一つ。
生徒会の構成員には手当てが支払われる。
智美が属する風紀委員であれば、一日三時間の活動で七百円。
ちなみにこの賃金は役職や部署により差があり、最高額は生徒会長の一日千円である。
そこから考えると、一日二千五百円というリアルの提示は法外極まりない。
答えに窮する智美に、リアルが優しい表情を見せた。




