十月十一日(金) -2-
安心しかけた矢先。
言わば不意の一撃に、ただでさえ小さい智美の精神キャパシティは、たちどころに振り切った。
甲高い悲鳴を上げて、慌てて逃げようと。しかし足がもつれて無様に転んでしまう。
立ち上がろうとするが、完全に萎えた腰が言う事を聞かない。
「あわわあわわあわわ」
言葉にならない声を撒き散らしながら、それでも少しでも離れようと腕だけで床を這い進む。
「落ち着いて!」
透き通った声色に、智美が動きを止めた。
引っ張られるように、首を向ける。
黒いセーラーではなかった。
青いブレザーとプリーツスカート。智美と同じ中等部の制服。
「なに? 六寮の幽霊とやらが出たとでも思ったの?」
素直にこくこくと頷く。
「ふうん。アンタ、随分とメルヘンチックな性格してるのね」
多分に軽蔑を含んだ口調。しかしそれに腹を立てるよりも、
「良かった」
安堵の方が先だった。
「良かったって、なにが?」
「うん、幽霊じゃなかったから」
「そうなんだ。アンタさ、ちょっと変わってるわね」
「ふ、普通だよ」
変わり者扱いされた事に、ちょっと頬を膨らませる。
「あはは、褒めたつもりなんだけど。まあ、いいや。大丈夫? 立てる?」
「あ、うん、ありがと」
差し出された手を掴んだ。
小さいのに驚きつつも、どうにか身体を起こす。
ようやく目の前の相手を見る余裕が出てきた。
平均的な身長の自分に比べても、十センチは低い。
かなり小柄な部類に入るだろう。
凹凸の少ない子供っぽい身体つきは、ブルーよりもグリーン、初等部の制服の方が似合いそうだ。
キラキラと輝くアーモンド型の瞳が、好奇心旺盛な子猫をイメージさせる。
小ぶりな鼻と唇も形良い。
美人の要素を秘めた愛らしさのある顔つきだが、ショートのスルーボブという髪型と相まって、中性的な雰囲気になっていた。
「わざわざ第六寮に来たってことは、アタシに用があるのかな?」
「え?」
「アタシよ。アタシが、詩方真実。リアルって呼んでね」
展開に追いつけず、ただ目を白黒させる智美に、にいっと笑う。
特徴的な犬歯が覗いた。
※ ※ ※
薄暗い廊下の突き当たり。
そこが第六寮唯一の入居者であるリアルの部屋だ。
中は六畳と四畳半が各一つ。それに小さな台所とトイレ、バスが付いている。
第一から五寮の部屋が、約五畳二つに寝室という造りなので若干狭い計算になる。
智美の指が床を撫でた。柔らかな畳の感触が嬉しい。
普段はフローリングだからだ。
「畳が落ち着くでしょ」
「うん。やっぱりいいかな」
「葵の人間なら当然よね。西洋かぶれの板間に住む感性が理解できないわ」
素直な返事に、リアルの声が嬉しそうに跳ねた。
智美が通されたのは六畳の方。
古風なちゃぶ台を挟んで向かい合っていた。
ちょこんと正座する智美に比べ、部屋の主は自由奔放、両膝を左右に広げて足を組んでいる。
「はい、お茶」
差し出された丸い湯呑みを、礼と共に受け取った。
中はほうじ茶、暖かい色と芳ばしい香りにほっとする。
少し落ち着いたせいか、部屋を見回す余裕ができた。
窓ガラスから柔らかな夕日が差し込んでくる室内は、几帳面に整理され掃除も行き届いている。
部屋の隅にはクローゼットと収納ケース。壁に並んでいる本棚達には、分厚い本がぎっしり。
しかし、飾り気のない部屋は幾分殺風景な気がしないでもない。
「可愛気のない部屋だって思ってる?」
いきなりの言葉に、つい頷いてしまった。
「うん、素直でよろしい。ところでいくつ?」
質問の意味が解らない。
「十五だけど」
「あのさ、こういうシチュエーションで年齢聞くと思う?」




