十月十一日(金) -1-
十月十一日(金)
南の通用門を出て右折、つまり西に数分歩けば、大きなコンクリートの建物達が見えてくる。
愛想を感じさせない画一化された長方形の建物が五つ。
これらが中等部の寮だ。
淡い色の外壁が、乙女らしさのせめてもの抵抗に思える。
寮は個人に一部屋。
希望が重なった場合は抽選となるが、原則的に自分の好きな部屋を自室として申請できる。
どの部屋も、バス、トイレ、キッチン完備で、空調設備も整っている。
窮屈なアカデミー生活。プライベート空間には十分過ぎる配慮がされていると言えるだろう。
五つの棟を横目に進むと、芝生を敷き詰めた公園。その先は植物を綺麗に揃えたガーデンスペースになっている。
放課後の今、のんびりと過ごしている生徒の姿があった。
人形落下事件の余波で昨日は大騒ぎだったが、一日が過ぎた金曜日の今日、アカデミーは表面上の落ち着きを取り戻している。
中等部の一年生、八房智美は黙々と歩き続けていた。
首の後ろで三つ編みにした髪。やや下がった穏やかなそうな目。丸みのある鼻に、桜色の小さな口。
化粧もナチュラルメイクすらしておらず、洗練された美しさには縁遠い。
しかし、それが智美の清純な印象をより好意的に見せていた。
「今回の仕事は、貴方のように素直で誠実な人間が適していると判断したからです」
理由を尋ねた智美に、生徒会副会長にして憧れのクールビューティ、河原崎沙耶はそう説明してくれた。
智美が風紀委員に参加したのは、沙耶に惹かれての事だ。
生徒会に入れば、少しでも近くにいれば、自分もより良い方向に変われるのではないか。
そんな風に考えての事だったが、現実はあまりに無情。
この半年間、大小様々な失敗を立て続けに起こし、ガッカリちゃんと呼ばれている。
生来持ち合わせの少ない自信は粉々に砕け散り、風紀委員を辞めるべきか悩む日々を過ごしていた。
それが、それがである。
いきなり沙耶に呼び出され、極秘の任務を受けたのだ。
絶対に成功させねばならない、と上気した頬は強い意気込みを感じさせる。
着いた。アカデミー居住区の最西端。
ここから先にあるのはゴミ処理用の大小二つの焼却炉と発電施設だけ。
ごくり。喉が鳴った。
背筋を降りる冷たい物に、ぶるっと身体が震える。
目の前にあるのは古びた木造の建物、中等部第六寮。
二十年前の改装で何故か取り壊されずに残った棟である。
『お化け寮』という別名で呼ばれているが、その理由は古くて汚い外見だけではない。
放課後に一人で第六寮に入ると、事故で死んだ生徒の幽霊が現れるという。
荒唐無稽な怪談話と笑う者も多いが、『七人目の来訪者』と、『第六寮の幽霊』は、アカデミーの七不思議で最もメジャーな二つだ。
「怖がっていられないよ。頑張らなくっちゃ」
微かに震える声で気合を入れると、入り口、薄い木製のドアに手を掛けた。
軽く押しただけなのに、すうっと開いた。
古びた木の香り。夕方だというのに廊下は薄暗い。
先に目を向けた。
等間隔に並ぶ左右のドア達が、異界への誘いを思わせる。
不気味だ。でも、目指すのは一番奥。進まねばならない。
意を決して一歩踏み出した。
床の上げる不機嫌な軋みに、つい逃げ出したくなる。
「怖くない。怖くない。幽霊なんているはずないんだから」
何度も繰り返しながら、慎重に進む。
視線を泳がせながら腰をひいて歩く姿は、滑稽を通り越して気の毒さすら感じさせる。
と、突然後ろで、ドアの揺れる音がした。
続いて、廊下を踏むギギギギという音が近付いて来る。
ぴたりと智美の動きが止まった。
背後から迫ってくる得体の知れない何か。それに対する恐怖が身体を縛り付ける。
智美は瞳を硬く閉じるのが精一杯だった。
軋みが止まる。直ぐ後ろ。気配がある。
二十年前の制服だった黒いセーラーを着た少女。
顔を隠すように垂れた長い髪の間から、狂気に染まった瞳を向けている。
半開きの口を生気の失せた笑みに歪め、骨ばった指を伸ばしてきた。
そんな妄想が頭の中で展開される。
それが一層の恐怖になって、全身に圧し掛かってくる。
震える唇を微かに開いて、深呼吸を一つ。
少し心が落ち着く。背後にあったはずの気配も薄れて消えた。
力んでいた全身を緩めた瞬間だった。
肩をとんとんと叩かれた。




