十月九日(水) -10-
飛び降りという事態を目の当たりにし、どう反応すればいいのか解らないというのが正直なところだった。
この静寂は、日常と非日常の危うい均衡の上に成り立っている。
何かきっかけがあれば爆発し、恐慌を引き起こすのは明白だ。
不意にぶつっと音が響いた。
校舎の各所に設置されたスピーカーが放送を始める際に漏らす物だ。
続いて凛とした声が流れてくる。
「生徒会副会長の河原崎沙耶です。生徒会役員は直ちに生徒会会議室に集合して下さい。繰り返します。生徒会役員は……」
沙耶の言葉が固まっていた生徒達に染み込み、凍り付いた時間を溶かしていく。
きっかけだった。
パニックの引き金に指が掛けられた。
覚悟を決める一呼吸の間を置いて、それが引かれる。
寸前で。
「ねえ、なんか、おかしくない?」
声が上がった。
何か変。誰もが感じていた不自然さ。どこがおかしいのか。何がこれほど奇妙に感じるのか。
疑念に満ちた眼差しが、横たわっている生徒に集まる。
「血……」
誰かが呟く。違和感の正体はそれだった。
常識的に考えれば、地面に叩きつけられた衝撃で、骨は砕け、肉は裂け、辺りにはおびただしいほどの血液が流れているはずだ。
にも拘らず、落下した身体からは一滴の血も出ていない。
「そういえば、なんかちょっと」
注意深く見ると、制服の着方に違和感があった。
それに頭髪や肌に非生物的なテカリが見える。
「これ、人形じゃんかさ」
数人が呟いたのは、ほぼ同時だった。
「じゃあじゃあ、これってただの悪戯ってわけ?」
「っていうか趣味悪過ぎだよ」
「アタシはね、最初から気付いてたんだ。マジの話」
緊張が弛緩に変わった。
質の悪い悪戯に本気で怒る者。
見事に引っかかった自分を笑う者。
手を叩いてこの悪趣味な冗談に喝采を贈る者まで出始めた。
各々が感想や意見でわいわいと盛り上がる。
「ごめん! ちょっと通して!」
場違いに切迫した声が野次馬達を掻き分けて進んできた。
「あれ? 会長?」
「前の方、悪いけど通してあげてよ」
人垣が微妙に揺れて細い道を作る。
小柄な身体が、そこを抜けてようやく姿を現した。
東校舎の四階から西校舎までの全力疾走。
流石の彩音も息が少し弾んでいる。
「みんな、落ち着いて! まずは私の指示に……」
ぴたりと動きが止まった。周囲の野次馬が静かに反応を待つ。
しばしの沈黙の後、大袈裟に溜息をついた。




