1、アルバイト募集(5)
「先輩、つまんない嘘、天野に吹き込まないで下さいよ」
12時を回り、学生、教職員が三々五々に昼食に向かう中、大学の食堂で、秋雄とゆかりは向き合って食事を取っていた。秋雄の前に並ぶのは、から揚げ、味噌汁にドンブリ一杯に盛られた大盛りの白米。メニュー上ではDランチと記されているが、良い意味で値段と比例しないボリュームから学食の人気投票堂々1位の座を長きに渡って守り続け、愛称を300円定食と名づけられている。ご飯お代わり自由。そして、ゆかりからせしめたカスタードプリンがサクランボを添えて小皿に乗っていた。
「あら、嘘じゃないわよ」
そう言いながら、ゆかりはオムライスを食べる手を休めない。珍しい事にオムライスを包む卵焼きが半熟状になっており、ケチャップではなく、和風の出汁がかけられている。値段350円。
「だって私、実際に見たもの」
「えっ、見たの!」そう叫ぶ天野はスプーンを忙しく動かし、230円のカレーライスをかき込んでいた。値段相応の具の量だが、その分ライスとルーは山盛りといってよい量に盛られ、300円定食すら躊躇する貧乏男子学生の主食となっている。通称、救荒作物。
「何よ、信じてなかったの」
「い、いえ、ただ先輩、見たっていっただけで具体的な話してくれなかったじゃないですか。後は噂話ばっかりで」
「あー、そっか」ゆかりが納得した表情で軽く頷いた。
「いつだったかなぁ、あれ。ゴールデンウィーク過ぎた頃だから、5月の中旬だったかな」
大学からの帰りが遅くなっちゃってね、8時回ってたかなぁ、歩きながらケータイのメールで家に何時頃帰るって送ってたのよ。それで元町の住宅街に差し掛かった辺りでね、
「怪人がワーッて」
ちゃかさないでよ恭一君、それでね、結構暗い道に差し掛かったのよ。
暗いっていっても、街灯は普通に点いてたんだけど、ほら、街灯ってあんまり道の先まで明るい訳じゃないのよ。だから2,30メートルくらい先だったかなぁ、真っ暗な中でうっすら見えたのよ、それが。
「UFOですか、宇宙人ですか」
うるさいよ、恭一君。とにかく、金色の光がね、ゆらゆらって感じで光ってたの。最初は車のヘッドライトか懐中電灯かなって思ったの。でも、細かく揺れてるような、まるで陽炎っていえば近いかな、とにかくそんな不安定な光だったの。
金色に光る炎なんてあり得ないでしょ?ていうか、それ以前に何だろうって思って、走ってそこに向かったの。でも、まるで私に気付いたみたいに光が消えてね、走る私の足音とは別の足音が聞こえたの。でも、それも直ぐに消えちゃって。結局、その金色の光が光ってたと思う所までいってみたんだけど、何にも無かったの。
そこで言葉を切り、再びスプーンを動かし始めたゆかりに、天野が先を促す。
「そ、それで?黄金魔人、どこいったんすか?」
「知らないわよ、そんなの」
「え、これでおしまい?」
「そう、おしまい。後はこの話友達に話したら、黄金魔人だーって大騒ぎして、噂聞いて、それだけよ」
「何だよー、もう」椅子にもたれながら天を仰ぐ天野を横目に、秋雄が言った。
「不審者ですかね?」
「どうかしらねー、なにしろ足音しか聞いてないし・・・確証無いのよね」腕を組み、首をかしげる。思慮にふける大人な女性のつもりだろうが、残念ながら外見の幼さは拭いきれていなかった。
「なんだよ御堂、即座に不審者とかつまんねーじゃねーかよ」天井を睨みながら天野は言った。
「いや、つまんねーとか。まずあり得ないだろ、そんなの」
「分かってないなぁ、こういうのはロマンだよロマン。あ、から揚げ一個ちょうだい」天野は姿勢を戻して手を伸ばす。
「見間違いとかそんなもんだろ」残り少ない唐揚げの皿を遠くへと寄せる。
「そんなけちな考えだから性格もケチになるんだぞ」恨みの篭った視線を軽くいなし、秋雄は正面に座るゆかりに問いかける。
「見たのってそれっきりですか?」
「そうだねぇ、見たのはあの日だけだったわ」ハムスターのように頬を膨らませながらゆかりは言う。見れば秋雄の皿から唐揚げが一つ減っていた。
「・・・先輩」
「えーっと、それでね。ここ最近なのよ、急にこの噂よく聞くようになったの」ゆかりは露骨に目を背ける。
「最近、ですか」
「うん、私が見たときもね、黄金魔人なんて誰も知らなくて、教えてくれた子ぐらいだったの、知ってるのって」
「けど、今月ぐらいかな?急に私も見た、私もって人が急に増えてきてね。この大学で知らなかったの、あんた達くらいじゃない?」
秋雄は思わず、天野と二人、顔を見合わせる。
「でも面白いわよ。見たって話もばらばらでね、顔面だけ金色に光る背広の男だったとか、黄金のドレスを纏った金髪の女だとか、もうめちゃくちゃ」
「なんだよ、白けるな」天野はこぼれるあくびを隠そうともしなかった。
「ま、所詮噂よ。百歩譲ったって愉快犯みたいなもんでしょ」
その間にも、ゆかりの腕がプリンに向かって着々と伸びていく。
「そうですね、大体オカルトなんてあり得ませんよ」その言葉と共に、秋雄は視線をゆかりに据えたまま、伸ばされたゆかりの手の甲を優しくつねり上げた。
「何よ、早く食べちゃってよ。目の前でおあずけってつらいんだから」
「一応俺のなんスけど」
「私のお金なんだから私のー」ふくれっ面で睨み上げてくる。子供っぽい仕草は素か計算か。
「・・・分かりましたよ、じゃあこれ、サクランボ」カラメルソースに浸かった果実を摘まみ上げ、ゆかりの目の前に突き出した。
「わーい、お兄ちゃん大好き」
「俺もお兄ちゃん大好きー、だからから揚げ」
数秒後、先輩と友人の蔑みの視線もまた良しであると、天野恭一は気付いたのであった。