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金色(こんじき)の炎  作者: 秋山草介
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1、アルバイト募集(2)

「起きろっ、ほら、起きろったら!」その声と共に振り上げられた枕が、覚醒しきってない顔面を直撃する。

「ふんが、ふが」朦朧とした頭で非難の言葉を浴びせようとしても、口から出てきたのは、寝言の延長線のような、情けないうめき声だった。

「言い訳は聞かーん!」即座に一蹴され、枕による連続殴打がますます激しさを増した。痛みに、というより溢れ出る埃っぽさに耐えかね、未だ惰眠を貪りたがる脳をフル回転させ、声を上げる。

「あ」

「あ?」

「あと、5分・・・」最後まで言い終らない内に、鳩尾に重みを感じた。次の瞬間、全身に広がってゆく、吸い込まれてゆくような痛みが襲い掛かった。

「ふ、踏みやがった・・・」辛うじてそう呟く。

「え?だって、あと5分、踏み続けて欲しいんでしょう?」そう言いながら、鳩尾に乗せた足にじわりじわりと体重を掛けていく。

あ、割と怒ってる。その事に気づくと、恐怖心に蹴飛ばされた脳が覚醒するのは一瞬だった。

「起きます!起きるからどいてくれ!」両腕を振り回しながら、慌ててそう叫ぶ。残念そうな舌打ちと共に、鳩尾への圧迫感が消えた。と、止めとばかりに眼前に枕が投げつけられる。羽毛の柔らかな感触を顔一杯で感じた。

「・・・起きたじゃないか」ずり下がる枕を受け止め、せめてもの抗議を表明する。

「サービス♪」先程とはうって変わって、ひどく可愛らしげに呟いた。肩まで流した黒髪に包まれたその華やいだ表情は、今年17歳を迎える少女のそれに相応しい、幼さと若々しさが入り混じったものだった。

 諦め交じりの軽いため息をつく。世の妹とは兄をおもちゃにするのが普通なのだろうか。タオルケットを跳ね除け、上半身を起こす。見栄えが悪くならない程度に整えられた髪型をかき回しながら、十人並みよりは少しマシ、といった程度の顔つきが、段々と覚めたものに変わっていく。意識に薄い膜が掛かっているようなボンヤリとした感覚がまだ頭の中にしつこく渦巻いていた。寝覚めが悪かったからだろうか。

「・・・いや、なんか、やな夢見たような見てないような・・・」浮かんできた思考に思わず呟く。そういえば、ひどく不可解な夢を見た気がする。けれど、内容を思い出そうと試みても、もう少しで届きそうで届かない、そんなもどかしさばかりしか浮かび上がってこなかった。

「うーむ・・・」

「・・・何ブツブツ言ってるの?」

「え?ああ、いや何でもない。そうだ、茅」

「何?」

「ケータイ、取ってくれるか。テーブルの上にあるだろ」そう言いながら部屋の中央に置かれた小ぶりのテーブルを指で示す。菓子の袋や漫画本が乱雑に積み重なってる中、タッチパネル式の携帯電話が転がっていた。

「もう、めんどくさいな」そう言いつつもパジャマ姿の妹はテーブルへ向き直り、人差し指と親指で文字通りつまみ上げる。

「潔癖症か、お前は」

「お兄の物なんて皆汚いもーん」はい、と言いながら茅は携帯電話を投げ渡す。慌てて両手で受け止めた。

「・・・ありがとうよ」妹の精密機器の取り扱い方に多少の皮肉を込めながら一応礼を言う。片手でケータイを起動させながら、もう一方の手で茅に向かって出て行けの動作をする。

「ほんとケータイ好きだね。絶対私より使っているでしょ」ほっとけ、の生返事に鼻息で答えると、回れ右してドアへと向かう。

「朝ごはん、もうすぐだからね」そう言い残して茅は部屋から立ち去った。

 その様子を横目で見送った後、携帯電話の液晶に改めて目を向けた。何か目的がある訳でもなく、だらだらとニュースサイトやウェブ版の新聞記事を次々と開いては閉じてゆく。数年前まではもっと確固たる理由があったが、今は単なる惰性の延長線でしかなかった。

(与党内部で派閥間抗争が表面化・・・米国大統領補佐官極秘来日・・・銀座に大手海外ブランド旗艦店進出・・・今日も無いか・・・)

つらつらとトピックスを斜め読みしていく中、ふと、目が止まる。昨日更新されたばかりの地元の新聞のネット配信。その記事を見る人々の大多数が、まともに目を向けないであろう記事、だが、彼に、御堂秋雄にとっては、決してないがしろには出来ないものだった。


 TUBAKI NEWS WEB

『10年前の老女殺人事件、未だ解明の道筋見えず』


『○○県桂村の御堂藤さん―当時(74)―が殺害された事件は、未解決のまま発生から10年を迎えようとしている。事件は200X年8月13日夜に発生し、自宅の寝室で御堂さんの遺体が見つかった。県警によると、帰省していた家族からの通報で県警の捜査員が駆けつけると、御堂さんが胸から血を流して倒れており、病院に搬送されたが既に死亡していた。   

発表によると、死因は刃物のようなもので背中を刺されたことによる出血性ショック死だった。

 現場や目撃情報等から、犯人は庭から雨戸を破壊し寝室に侵入、御堂さんを殺害し、そのまま逃走したものと見られるが、逮捕の糸口は見つからないまま、未解決のままとなっている。

 捜査本部によると、犯人は男で20~40歳、身長170~180センチ。痩せ型の体格で、メガネをかけていたという。

 県警関係者は、「発生から10年を迎えるが、捜査の手を緩めるつもりは無い。引き続き犯人逮捕に尽力する」と力を込めた。』・・・最終更新7月14日20時13分


 殺人。13日。背中からの刺し傷。目撃情報。視界に写るたびに心臓の鼓動が速まっていく。そして。

「・・・10年」気付けば、そう口から零れていた。積み重なった記憶の層の奥深くから、形容しがたい何かが込み上げそうになる。ケータイを握る指が、電源を切っていた。液晶が再び黒に沈む。

と、開け放したドアの向こうから、待ちくたびれたのだろう茅の呼ぶ声が響いてきた。今行く、と怒鳴り返してから、秋雄は布団から這い出し、パジャマ代わりの半ズボンのポケットにケータイを入れる。ケータイが、ひどく重く感じた。

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