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26日の月  作者: 川島利宇
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奈緒 2

 私は小学二年生の時にくすのきハウスに連れてこられた。


 私の母は二十歳で私を産み、父の暴力で二年後には離婚をしていた。


 私の記憶にあるのは、家に男の人が来るたび、母が「これで何か食べておいで」といって私の手にお金を握らせ、外へ出されたことだった。


 自分が邪魔なのだということは子ども心にもよくわかった。


 行き場のない私は、そういうとき、決まって近くのショッピングモールへ行った。

 

 ショッピングモールにはペットショップが入っていて、私はいつも真っ先にそこへ行った。


 お気に入りの子犬がいなくなると、


(きっといい飼い主さんが見つかったんだ)


 と、寂しさとうらやましさと安堵の入り混じった気持ちで、空になったケースをぼんやりと眺めた。 

 そして、そのたびに私は同じ光景を思い描いた。     


 家の広いリビング。


 買ってもらった子犬を抱っこしているのは喜びでいっぱいの私で、それを見て微笑み合う父と母。


 父の顔は知らないから、なぜか住宅のCMに出ている男優の顔になっている。


 部屋の隅には子犬を入れる白いケージが置いてあり、その中にはゾウやクマのぬいぐるみが入っている。


 子犬がそれを引っ張り出して来てはじゃれて噛むのだが、私は、「クマさんがかわいそうでしょう」と言って子犬と引っ張りっこをするのだ。


 そんな空想に飽きて次に向かうのは楽器売り場だった。


 そこには何台もの電子ピアノが置いてあり、ちゃんと電源も入っていた。


 私は無造作に選んだピアノの鍵盤を押しては出てくる音を確かめた。


 しかし私にはそれしかできなかった。


 私には、ただ一本の指で一つ一つ音を出すことしかできなかった。


 そして、そういう時にはよく他の子がやってきて、私を横目に見ながら上手にそれを弾いた。


 きっとレッスンを受けていたのだろう。


 私はその子がピアノを弾いている時、その子の父親や母親を探した。


 彼らは、我が子が得意げに日ごろの練習の成果を披露し終えると、決まって、こぼれるような笑顔で音のない拍手をするのだ。


 そしてその儀式を見た私は、ピアノが幸せな家庭に生まれた子どものみに弾くことを許された特別な楽器であることを思い知り、いつも惨めな気持ちでその場を離れた。


 それから文具売り場や靴売り場などを一通り回ったあと、最後に行くのが一階のフードコートだった。


 そこにはスパゲティーやステーキ丼やハンバーガーなどの店が中央のテーブル席の広いスペースを取り囲むように軒を連ねていて、私はいつもカレーライスの店に行き、「カレーライス一つ下さい」と言った。


 小学一年生の私が一人でカレーライスを食べている姿を周りの大人たちは不思議そうに見ていたが、その時の私にとってそれは辛くも悲しくもない単なる日常の一コマに過ぎなかった。


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