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26日の月  作者: 川島利宇
3/31

咲 2

 私はお盆が大嫌いだった。


 なぜって、お盆にはみんないなくなってしまうから。


 お兄ちゃんたちは、私みたいに、お父さんやお母さんが死んじゃってここに来ていた訳じゃないから、お盆とかクリスマスには、お父さんやお母さんがお迎えにきた。


 そんなふうにするくらいだったら、最初からみんなで仲良く暮らせばいいのにと思ったけれど、その時の私にはその理由がわからなかった。


 みんなが嬉しそうにお父さんやお母さんに手を引かれて出ていくと、私は取り残されたみたいですごく寂しかった。


 一人ぼっちなのは私だけだと思った。


 それに、私の誕生日は八月十五日だったから、誕生日はいつもお父さんと、お母さん(その時は入院していた。それでおじさんが手伝いに来ることになったのだ)と、奈緒お姉ちゃんの三人でお祝いしてくれた。


 でも、お兄ちゃんたちの誕生日の時は、みんなでにぎやかにお祝いをしていたから、やっぱり私は、誕生日の時も寂しかった。




 私は、おじさんの作ったハンバーグが大好きだった。


 それはみんなも同じで、いつも大きなハンバークの乗ったお皿を誰がとるかで競争になった。


 でも、その日の私はとてもそんな気分にはなれなかった。


 だって、次の日は、私の誕生日だったけれど、大兄ちゃんと翔太兄ちゃんはお迎えが来ていなくなってしまうし、他のお兄ちゃんたちは、もうとっくにお迎えが来て、その時にはハウスにはいなかった。


 だから私は、


(今年はお母さんも入院しているから、きっと寂しい誕生日になるに違いない)


 と思って沈んでいた。


 でも、


(おじさんがいる!)


 って思うと、少し元気が出てきて、それだけが私の心の救いだった。


 私がハンバーグを残すとおじさんは、


〈咲ちゃん どうしたの? 具合 悪い?〉


 と手話で話しかけてきた。


 おじさんは私のために、奈緒お姉ちゃんから手話を教わって、たった三ヶ月ですごく上手になっていた。


 私が顔を横に振ると、おじさんは困ったような顔をしていたけれど、その時、奈緒お姉ちゃんがやってきて、おじさんの腕を引っ張って外へ連れ出してしまった。


 そのあと、おじさんと奈緒お姉ちゃんが何を話していたかわからないけど、しばらくしたら奈緒お姉ちゃんだけが戻ってきて、


〈咲ちゃん 明日 おじさんが ラッキーの おうち 作るって だから 咲ちゃんにも 手伝って 欲しいって〉


 と言った。


 私はびっくりして、


〈ほんと? 私 明日 おじさんと お買い物に いくの?〉


 と聞くと、奈緒お姉ちゃんは、


〈そうだよ〉


 と言った。


 それを聞いたら、嬉しくて、何だかお腹がすいてきて、私は、残したハンバーグをもう一度冷蔵庫から出して、レンジでチンして食べた。


 それは、すごくおいしいハンバーグだった。




 次の日、私は、おじさんが午前中の仕事を終えるのをずっと待っていた。


 大兄ちゃんも、翔太兄ちゃんも、お迎えが来ていなくなっちゃったけれど、私は全然寂しくなんてなかった。


 私は、何度もラッキーのところとおじさんの仕事しているところを行ったり来たりして、早く時間が過ぎないかなあ、と、ただそれだけを考えていた。


 やっと、おじさんの仕事が終わって、一緒に出かけようとしたとき、お父さんが、


「ラッキーの小屋を作るんだって?このおじさんにできるのかな?おじさんが無理だったらお父さんが作ってあげるからね」


 と言った。だけど、私はただ笑っておじさんの手を引いて外へ出た。


 ホームセンターへ着くと、おじさんは、持ってきた紙を見ながら、カートに次々と木を入れていった。


 そして、最後に、私にはよくわからないような設計図を書いて、それをその木と一緒にお店に人に渡した。


〈どうして 渡しちゃうの?〉


 と、私が聞くと、おじさんは、


〈お店の 人が 上手に 切って くれる〉


 と言った。


 そのあと、ペンキ売り場を通りかかった時、私が、


〈おじさん ラッキーの お家 色を 塗りたい〉


 と言うと、おじさんは、


〈いいよ 好きな 色を 指して 僕が とるから〉


 と言った。私は、


〈赤い 屋根の お家に したい〉


 そう答えて、赤のペンキを指差した。





 ハウスに戻ると、さっそくおじさんは小屋の組み立てにとりかかった。


 私が見ていても、おじさんは、大工仕事があまり得意じゃなさそうだった。

 

 途中、おじさんは、木のささくれに引っかけて手を切ってしまった。


 私は走って絆創膏を取りに行き、おじさんの指に巻いてあげた。


 おじさんの指はすごく長くて、すごく細くて、まるで女の人の指みたいだった。


 その時、おじさんは、なぜだか私の顔をじっと見ていた。


 おじさんがそんな風に私を見ることはそれまでにも何度かあって、そういう時、おじさんはすごく寂しそうだった。


 やっと小屋ができて、あとは色を塗るだけになった。


 私はぶかぶかの軍手をはめて、屋根に赤いペンキを塗った。


 おじさんはベンチに座って、微笑みながら私の仕事を見ていた。

 

 八月の日差しは、あっという間に犬小屋のペンキを乾燥させた。


 私たちが、二人で力を合わせて、小屋をラッキーのところへ持っていくと、ラッキーはくんくんと小屋の匂いを嗅いだだけで、中に入ろうとはしなかった。


 私は首輪をつかんでラッキーを中へ入れようとしたけれど、ラッキーは踏ん張るようにして抵抗した。


〈ラッキー いやなのかな〉


 私は少しがっかりしておじさんを見た。


〈咲ちゃん いらなくなった 洋服 Tシャツとか ある?〉


 おじさんがそう言ったから、私は走って家へ行き、小さなピンクのTシャツを持ってきた。


 おじさんはそのTシャツを私の腕にごしごしとこすりつけて私の匂いをつけた。


 その時、おじさんがふざけて私の顔にもごしごししたから、私は「きゃっ」と悲鳴をあげてしまった。

 

 その時、おじさんも少しびっくりしたような顔をした。


 Tシャツを中へ敷くと、まるで魔法にかかったように、ラッキーはすぐに小屋に入り、伏せをして私とおじさんを見上げた。


 その時、おじさんは、


〈おじさんも むかし 犬 飼ってたんだ ラッキーと同じ ラブラドール〉


 と言った。私は、満足そうに小屋で伏せをしているラッキーの頭を撫でた。




 そのあと、私とおじさんは、家へ入ってケーキ作りに取りかかった。


 私は小麦粉をふるいにかけたり、卵白を泡立てたり、ケーキの型にバターを塗ったり、一つ一つの仕事がとても楽しかった。


 生地をオーブンに入れた後で作り始めた生クリームは、私たちが何度も味見をするものだから、ほとんどなくなってしまって、結局新しいパックを開けることになった。


〈おじさん 私 こんなに 楽しい 誕生日 はじめて〉


 私が手話でそう話すと、急に電話のベルが鳴った。


 電話の相手は奈緒お姉ちゃんみたいだった。


 私はすごく嫌な予感がした。


 電話を切ると、おじさんは辛そうな顔で、


〈奈緒お姉ちゃん、仕事で遅くなるんだって。それから、お父さんも、お母さんの具合が悪くて今日は帰ってこられないかもしれないって〉


 と言った。


 私は悲しくて泣きそうになってしまった。


 そうしたらおじさんが、


〈咲ちゃん プレゼント あるんだ〉


 と言った。


〈プレゼント?〉


 おじさんは、一度離れに行って、紙の手提げを持って帰ってきた。


 おじさんはその手提げを私の前に置くと、


〈開けてみて〉


 と言った。


 それは底に広いまちの付いたホームセンターのロゴ入りの手提げだった。


 リボンのような飾りは何もなくて、私は少しがっかりした。


 中を覗くと、そこにはわらでできた円柱形のかごが入っていた。


 私はそのかごを両手でゆっくりと取り出した。


 かごにはやっぱりわらのふたが付いていて、そのふたには丸い穴があいていた。


〈なに?〉


 私は少し不安そうな顔でおじさんに聞いた。


〈ふたを とって ごらん〉


 おじさんの言う通りに、恐る恐るふたをとると、中には黄色いセキセイインコのヒナがうずくまっていた。


 私は本当にびっくりしてしまった。


 それで、なぜだかわからないけれど、どんどん涙がでてきた。


 別に悲しかったわけじゃないのに、次から次へと涙が出てきて止まらなかった。


〈どうしたの?〉


 とおじさんが言ったとき、私はおじさんのことが大好きな気持ちで一杯になって、おじさんに抱きついていた。


 おじさんは、そのまま私の頭を撫でてくれた。


 私はそれが心地よくて、どれくらいか覚えていないけれど、ずっとそうしていた。


 そのあと、


〈おじさん ありがとう〉


 って、私は右手で左手の甲を切るようにして、それを顔の前に拝むように持ってくる仕草を繰り返した。


 そして、もう一度おじさんに抱きついた。




 それから、私たちは、二人でちらしずしを作った。


 ちらしずしといっても炊いたご飯に具材を混ぜるだけの簡単なものだったけれど、私にはそれがすごくおいしく感じられた。


 そして、おじさんは、冷蔵庫からケーキを出してくると、七本のろうそくを立ててライターで火をつけた。


 そして、おじさんは、何かぶつぶつ言いながら、レコード置き場から一枚のレコードを取り出すと、それをプレーヤーに乗せて針を落とした。


 あとでわかったのだけれど、それは、「ケ・セラ・セラ」という曲で、外人の女の人が歌っていた。


 曲が流れると、おじさんは部屋の電気を消して、私の両手をとって横に開いたり閉じたりしながら、私と踊り始めた。


 最初は恥ずかしかったけれど、おじさんの踊りがあんまりおかしいものだから、だんだん楽しくなってきて、私はおじさんと一緒に踊った。


 曲が終わって、私がろうそくを吹き消そうとしたとき、奈緒お姉ちゃんが帰ってきた。


 お姉ちゃんはなんだか、泣いた後みたいな顔をしていた。


 私たち三人は、会話のない静かな、それでいて夢のように楽しくてにぎやかな時を過ごした。


 ケーキを食べた後、私がインコのヒナに餌をあげたいと言い出すと、おじさんと奈緒お姉ちゃんは、何度も「それじゃあ熱すぎる」とか「ぬるすぎてえさがふやけない」とか言いながら、ヒナの餌を作ってくれた。


 ヒナに餌をあげると、私は急に眠くなって奈緒お姉ちゃんに部屋へ連れて行ってもらった。お


 姉ちゃんは私が眠るまで、ずっとそばにいてくれた。


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