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26日の月  作者: 川島利宇
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奈緒 8

 三年生になって担任の教師が変わり、彼は学校で一番の理解者を失った。


 二年まで担任だった教師はベテランの男性で、彼のプライドを理解し、責任ある仕事を任せて彼の支配欲をうまくコントロールした。


 しかし、新しい担任は、大学を出たての女性で、よく言えば教育者としての使命感に満ちていて、いつか彼の欠点を正さなければならないと思っていた。


 二学期の半ばに行われた学級会の時間に、ある生徒が手を挙げて発言した。


「先生、私、来生君に叩かれました」


 先生がその子に事情を聴き始めると、他の生徒たちも、「僕も」「私も」と言い出し、教室は騒然となった。その時、彼女は皆にある提案をした。


「それじゃあ、今日の学級会は来生君のことについて話し合いましょう。来生君について悪いことがあると思う人は手を挙げて下さい」


 すると堰を切ったように、クラスの子どもたちのほとんどが我先にと手を挙げ、彼によっていかに自分がひどい目にあったかを興奮した口調で訴え始めた。


 自分が誰からも好かれていないことはわかっていた彼だったが、ここまで皆の憎悪や憎しみを目の前に突き付けられるとさすがに応えた。


(自分には味方などただの一人も存在しない。誰もが自分などいない方が良いと思っているのだ)

 

 痛切にそう感じながらも、その時はただ俯いているしかなく、テレビ映画の恐ろしい場面が終わるのを目をつぶって待つときのように、ひたすらその時間が通り過ぎていくのを待った。


 そして、


(早く帰ってお母さんに会いたい。慰めてもらいたい)


 ただそれだけを思った。


 一通りの意見が出尽くした後、


「来生君、君はどう思う?」


 彼女は彼にそう問いかけた。


 そう聞かれたところで、いったいどう答えれば良いというのか。


 彼はただ俯いて黙っていた。


 彼女は謝ることを促したのだろう。


 そんなことは分かっていた。


 しかし、もしそこで謝ればそれまでの自分というものが崩壊してしまう。


 「みんなから嫌われていても絶対的に強い存在」


 という彼の存在価値は根底から崩れさり、


 「単にわがままで弱虫の乱暴者」


 という、この世に存在しない方が良い人間になり下がるのだ。


 買い物の途中、彼が肩をすぼめて一人とぼとぼと歩いて来るのを遠くに見た良枝は彼に走り寄り、


「どうしたの?何かあったの?」


 と聞いた。


 こらえていた涙が一気にこみ上げて来て、しばらくの間、言葉も出なかったが、しゃくりあげながらも彼はその日の出来事を母に話した。


 良枝の怒りが爆発したのは言うまでもない。


「あなたは一人で家に帰って待っていなさい」


 良枝はそう言うと、その足で学校へ向かった。


 良枝は、学校へ着くと、まっすぐに職員室へ向かい、担任を見つけるなり詰問した。


「来生晃の母親です。今日のこと、先程息子から聞きました。一体どういうお考えであのようなことをなさったのですか?」


 彼女は正義感に燃え、真実を話す決意をしたのだろう。


「クラスのみんなが来生君の乱暴に困っていましたので、このままでは来生君のためにもならないと思い、少し厳しかったかも知れませんが、みんなで来生君のことについて話し合いました」


 良枝は彼女を厳しく睨みつけて、


「あなた、自分が何をしたかわかっているのですか?大勢で、しかも先生が先頭に立って一人の子どもを吊るしあげたのですよ。これって一種のリンチだと思いませんか?」


 この決定的な台詞に彼女は返す言葉を失った。


「いくらうちの子が悪かったとしても、もののやりようっていうものがあると思うのですが如何ですか?」


 その後、彼女はひとえに自分の思慮不足であったと謝罪に謝罪を重ねた。


 結局、彼女の教師としての使命感は完膚なきまでに打ち砕かれ、彼は比較的容易にいつもの悪しきリズムを取り戻した。


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