三
僕は働きたくなかった。働くのが嫌いだからだ。出来ることなら、精神病院の奥深くにでも幽閉されて、そこで死ぬまで誰とも関わらずに本でも読んで暮らしたいと思っている。それとインターネット環境完備、酒と煙草があれば天国だ。しかしそんなことが出来る筈が無い。まず精神病院へ入院する金が無いからだ。僕にも、僕の親にも無かった。金さえあればと、いつも思っていた。
金の無い僕は渋々ながら池袋サンシャインのハローワークへ足を向け、パソコンで仕事を検索、すると自宅から近隣にあるという介護付き有料老人ホームを発見し、すぐに連絡を入れて面接の日程を取り付けた。
面接当日を迎えた。僕は緊張を緩和させるために缶チューハイを二本呑んで施設へ向かった。
外観はどこにでもあるようなマンションと遜色ない造りの建物だった。老人ホームの看板が出ていなければ見過ごしてしまうだろう。インターホンを押す。すぐに反応があった。「どちら様でしょうか」「本日、面接の予約を入れている川下という者です」「少々お待ちください……」正面玄関の、暗証番号入力式の硝子戸が開く。
「お待ちしておりました」四十絡みの、優しそうな女性に案内されて三階へ行く。丸いテーブルの周りに椅子が配されていてそのうちの一脚に女性が座っている。また女か、とおもった。今度は性格のキツそうなのが一目で分かる女だ。苦手なタイプだ。女はここの施設長だと名乗り、
「ええ、川下さんですね、本日は面接ということで……(何か言っていたが忘れた)……では、簡単な試験をさせていただきます」一枚のプリントを渡された。「こちらを記入していただきます」
その紙は簡単な問題が印刷されていた……本当に簡単な試験だった。中学生レベルの読み、書き、算盤が出来れば誰でも解ける設問だ。介護業界は凄いところだなあとおもった。不意に、僕は左側にある窓の外を見た。季節は冬だった。枯れ木が手前に一本、その奥に同じ造りの住宅が並んでいる。値段も様子も良い家だ。その中で知らない人々が幸せな生活を送っていることだろう。僕には縁のない世界だ。