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爪の音  作者: 一人旗目
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第7章 ツンデレヤクザと空気の読めない子供

「町があるのか?」

「うん、知らないおじちゃん達が言ってた」

 仁はさもびっくりしたという声を上げる。

 それもそのはず、こんな瓦礫の荒野に、既に復興の兆しがあるというのだ。

 政府も警察も司法も、そして楽園のチケットを買う以外に、まったく貨幣経済が存在しないこの世界に於いて。

「そこでは水とか食料もたくさんあるんだって」

「頭がおかしくなった連中の幻覚とかじゃないのか?」

「わかんないよ、僕も車の中で聞いただけだもの」

「つまり、町に行くのに水や食料がギリギリだったのに、それを持ち逃げしようとした男が始末されたってことだな」

「うん」

 言っていることは生々しく、今ここで藤次が仁に嘘を吐く理由はない。

 彼の証言が本当なら、そこはかつて学校で習った、戦後の闇市のような活況を呈している事だろう。

 そんな場所が、あの神が指し示した方、雲から光が漏れる方にあるというのだ。

 仮に一万人先着限定の例のイベントがそこで行われている事を考えると、そこに何らかの集落ができていることも、確かに想像に難くない。

 だが、こんな状況で秩序は本当に保たれていると言えるのだろうか。

 所詮は噂話であり、何の根拠がある話でもない。

とは言え、確認する必要はあるだろう。

「陣内さん、僕も少しは役に立ったでしょう?」

「うん、ちょっと見直した」

「でもさ、三千万円も現金で集められるかな」

「俺の取引先なら数億円くらい現金でいつも置いてた。ちょっと寄り道していけば、まだ誰も手を着けてないならあるはず」

「陣内さんってすごいね、ひょっとしてお金持ち?」

「うん、俺は金持ちだぞ。かなりお金持ちだ」

「なあんだ、それじゃ楽園行きは確定だね」

「銀行預金にあっただけだからな。通帳見せるだけで行けるなら確定だったんだが」

「けちだよね、神様」

「こら。そんな本当の事言ってたら、いつどこからあのウザイ女の声が聞こえてくるかわからないだろ?」

 あれから朝を迎え、早くも本日一回目のいがぐりげんこつがお見舞いされる。

 子供と大人という、少しバランスの悪いコンビにも、徐々に慣れが出てきていた。

「うわあ、痛い痛い」

「お前に必要なのは空気を読むことだな」

「空気って読めるの?」

「場の雰囲気を見て、話の流れとかを理解するってことだ」

「話の流れ……」

「分からないなら分からないでいい。嫌でもそのうち理解できるようになる」

「むう」

 藤次は自分が生き残るため、仁の邪魔にならないため、少しでも大人と同じ知識、力を手に入れたいと思った。

 いくら心が急いでも、体は大人になれない。

 ならばせめて、頭で考える力なら対等になれるかも知れない。

 そう思い、幼い脳を藤次なりにフル回転させていた。

「ここから歩いて二時間半くらい、で行けるかなぁ。普段は自動車で行ってたから」

「どこに?」

「あっちに港があるんだ、そこに倉庫だった場所がある。まぁ、ちょっと色んなものに混じって大金がいつも置いてあったんだ」

「港の倉庫にお金?」

「大人の社会には色々あるんだ」

 子供に説明する必要は無い。

 こちらの世界など、知らなくても良い事ばかりだ。

 と、その時、仁の胸ポケットから一枚の写真が落ちた。

「わあ、綺麗なお姉さんだね。陣内さんの恋人?」

「桝川つゆたん、俺の永遠の心の恋人だ」

「桝川つゆたん?」

 魔法少女シャイニングアヤでは、ライバルのマジカル京子を演じ、劇場版オリジナルアニメ、ガールズ・アンダーグラウンドではヒロインのあずさ役で秋葉原全土を萌えさせた。

 新進気鋭ながら大役をそつなくこなすその大器っぷりに、今後が楽しみ過ぎるアキバ系の人間国宝とも言える声優なのだ。

 ……と、心の中でそっと語る。

 相手は子供。

 否、子供ではなくてもおよそ語るべきことではない。

 仁は自分のおたく知識をひけらかす事が、少なからず不快感を与える事を理解していた。

 だが、それでも、言わねばならないことがある。

「いいか藤次、ある一部の世界に於いて、仲良し、或いはすごく好きな人に親しみを込めて、名前の後に『たん』と付けることがある。だから、彼女の正しい名前は桝川つゆ、だ」

「つゆたん!」

「藤次、お前がつゆたんをつゆたんと呼ぶにはまだ十年早い」

「なんで?」

「えーっと、まあ、大人の社会には色々あるんだ」

「なんか陣内さん、顔が赤いよ」

「照れたら負けなんだ、覚えておけよ藤次」

「くすくす、変なのー」

(ああ、なんかすげえムカつく……いや、我慢だ俺。相手は子供だ)

「ひとしたん!」

「超いがぐりげんこつ」

「うあああ」

「パワーアップだ!」

「きゃー、ひとしたん痛い痛い、あははは♪」

(……俺、こんなところでガキ相手に何やってるんだろう……)

「どうしたの陣内さん、また体育座りなんてして」

「ちょっと敗北感にさいなまれた。大丈夫だ、すぐ立ち直る」

 子供を相手に話した記憶は、遠い彼方になっている。いつも腹黒い商売相手達との探り合い。こういう時間は嫌いではないが、どこかくすぐったくて戸惑いを感じる。

 最後の煙草に火を点け、ゆっくりと味わいながら煙を吐き出した。

 これを最後に禁煙せねばならない。

 もう煙草の自動販売機も存在はしていない。

「藤次、いつまで俺に付いてくる?」

「僕も楽園に行きたいって言ったら、陣内さんは怒り……ますよね、やっぱり」

「お前に三千万円くれてやれと?」

「あ、いえ、だめですよね、ごめんなさい」

 正直過ぎて文句を言う気も湧かない。

 吸い終わった煙草を足で揉み消すと、藤次の目線まで腰を屈める。

「三千万円、自分で運べるか」

「え?」

「もしもあった場合、自分で運べるか」

「は、はい!」

「楽園に着くまで、自分でその金を守れるか?」

「は……はい……」

「何でも人に頼れると思うな。だからガキはガキなんだ」

「はい……」

 仁が歩き出すと、慌てて藤次も後を追う。

 瓦礫を縫ってちょこまかと、まるで元気な子犬のように。

「たまたま俺がそばに居たら、手伝ってやるかも知れないけどな」

「え?」

「二度は言わない」

「は、はい!」

(今のセリフ、ちょっと恋愛シミュレーションゲームの主人公っぽいな……)

 違う、自分の普段のキャラはこんなじゃない。

 今日二度目の体育座りをする仁。

 そのそばで、ご主人の帰りを待つ忠犬のように藤次も座った。

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