第5章 未来は小さなその手の中に、過去は大きな自分の中に
近くのスーパーらしき瓦礫の中から、子供服らしいものを探し出してきた。
作業時間はおよそ三時間四十分。
夜で月明かりだけが頼りな状況の中、この短時間で見つかっただけでも奇跡に等しいと言えるだろう。
彼は案外ラッキーボーイかも知れない。
だが、その反面気になる事がある。なぜ自分は子供の為に服を探さねばならないのか。
疑問には思ったが、考えるのも面倒になってそのまま作業を続けた。
「僕、向山藤次って言います」
「俺は陣内仁だ。ここに住んでたんだが、今は見ての通りの有様さ」
「お父さんとお母さん、死んじゃったんです」
「聞いてないから言わなくていい」
ぐぐう~
仁ではない方のお腹から音が上がる。
それは静寂に対し、あまりにも大きい。
「…………」
「…………」
「お腹空いた」
「いかの塩辛しかない。我慢しろ」
「いかの塩辛?」
「瓶詰めタイプの保存が利くやつだな。あと酒がここに」
「お酒は無理だよう」
瓶の蓋を開け、くんくんと匂いをかぐと、藤次はしかめつらをした。
普通に考えて、小学校低学年らしき子供が食べるものではない。
だが、菓子パンやらポテトチップなど、望むべくも無いことを藤次も知っていた。
「ジュースは無いが茶ならここにある」
「うー、ください。とても塩辛いです」
「だから塩辛というのだ」
「大人はみんなこんな塩辛いもの食べるんですか?」
「食べる奴も食べない奴も居る。あと二十年もしたら、その美味さが分かるかも知れない」
「あと二十年後、僕は生きてるかな」
「死んでるかも知れないなあ」
「あううー」
自分のお宝コレクションを失ったショックを、子供をいじめて解消する。
だが、思い出せばやはり、仁の心には止めどない暗雲が立ち込めてくる。
気が付くと、仁は藤次のそばで頭を抱えて体育座りをしていた。
「どうしたの陣内さん」
「大人は失う事もある……」
「何かなくしたの?」
「ああ、大切なものをな」
なでなで。
「何をしている」
「がんばろう陣内さん」
「そうだな、彼女達は俺の心の中でいつまでも生きている」
「彼女達?」
「気にするな、俺はもう大丈夫」
「がんばろう陣内さん」
そう言って、藤次は半分以上残っている塩辛を差し出す。
「俺はいい、お前が頑張りゃいいんだ。それより、塩辛なんて食ってると喉が渇かないか?」
「お茶も全部飲んだよ」
「お前は、ガキだからって貴重な水分を!」
「痛い痛い、陣内さん痛い!」
「いがぐりげんこつ、四八の殺人技の一つだ」
握りこぶしで藤次の頭をぐりぐりと押す。
緊張感の無いやり取りが心地良い。
ほんの少し前、藤次は仁を殺そうと身構えていた。
その目に宿った殺意は、迷いはあるものの確かに真剣なものだ。
仕事柄、こんな時は相手が子供でも容赦無く殺さねばならない。
相手が子供だと油断して、死んでいった商売仲間を何人も見ている。
だが、それはいつも外国でのこと。
日本の子供にはまだ、そんな追い詰められた野獣のような切迫感が無い。
大人を欺くほどの手練手管も。
そのせいだろうか。気が付くと、今ここでこの命を散らせる事よりも、精一杯生きようとする剥き出しの本能を、ほんの少しだけ応援したくなっていた。
きっと自分があと三十年若ければ、藤次と同じように、この錆びたカッターナイフを手にしていた事だろう。
もちろん、結果がどうなるかなど考えず、一か八かで。
もし運命が味方するなら、藤次も生き残るはずだ。
そして、いつかは殺す事になるかも知れない。
いや、今度こそは真剣な殺し合いを―
「陣内さん、何で笑ってるの?」
「思い出し笑いだ、俺もキモいな」
「うん、キモいね」
藤次の頭に二度目のいがぐりげんこつが見舞われる。
今度は少し容赦しなかったので、藤次の目には涙が光った。