第37章 バカか人類! バカか人類! バカか人類!
そしてある日、いきなり世界は破滅した。
よく分からないうちに核戦争が起こって、いきなりたくさんの人が死んだ。
文明も科学も一晩にして滅び去り、阿鼻叫喚の地獄が待ち受けていた。
ゴキブリやアリの方が元気で、私達人類はそれ以下の存在となった。
明日の地球は、美味しいご飯は、平和な世界は、お日様のにおいのする布団は、いったいどこに行ってしまったのだろう。
子供が泣いている。
女性が泣いている。
父は死んでいる。
母も死んでいる。
近所のおじさんは首から上だけになっている。
野良猫は舌を垂らして動かない。
黒い雨が降る中で、私はぼんやりと考えた。
私の祈りは足りなかった?
私の何がいけなかった?
神様って言われても、派手に何かしちゃあいけない。
人類に干渉しちゃいけない。
ただ普通に生きて、見守ってあげるだけ。
強大な力は持っているけど、最初の天地開闢以外は、神と呼ばれた者達は、ほとんど何もせずに人類を見守ってきた。
何度となく世界で戦争が起こり、数え切れないほど流行病が起こり、飢えて渇いて苦しんで死んで、そして人類はやっと、大規模な戦争をしない世界を築こうとしていた。
それなのに、ああそれなのに、またも人類は全てをゼロに戻した。
いや、それどころかマイナスにしてしまったのだ。
人は愚かだ。救いようが無い。
馬鹿だ。
醜い。
とてつもない。
ろくでもない。
彼らはあまりにも取り返しがつかない事をしてくれた。
それは歴代の神に対する、天地開闢をした唯一神に対する、冒涜も良いところだ。
時間は巻き戻すことができず、こぼれた水はコップの中に戻らない。
今まで否定したかった。
人類は、大人達が築いた社会は、砂上の楼閣だということを。
けれども、自分達で勝手に自爆して、勝手にその頭の悪さを露見したのだ。
私は幸せになれない。
今も、これからも、ずっと幸せになれない。
私だけじゃなく、たくさんの人がこれから、不幸の中に生きていくことだろう。
ああ、それならいっそ人類は、一度滅びても良いかも知れない。
ねえカッターナイフ、あなたはどう思う?
チキチキチキチキ
私には甘さがある。甘えがある。まったくもってその通りだよ、うん!
チキチキチキチキ
私に必要なのは捨てる力。決断する力。
チキチキチキチキ
けれども、タダで手に入れるなんて調子に乗るんじゃないってね?
あははは、ホントにその通りだよねー。
チキチキチキチキ
じゃあ、私の迷いを切り落とそう。
チキチキチキチキ
私が心まで神となるために。
チキチキチキチキ
さよなら、私だった私。
もう一人のクリスティ・カデル。
カッターの刃を引っ込めるのをやめると、勢い込んで私は自分の首を切り離す。
とんからりんと転がるそれは、まるでつるべ落としのよう。
チキチキチキチキ
ほらね、簡単でしょ?
チキチキチキチキ
神器なのだから、神も殺せる。
二つある心だって切り裂ける。
私のカッターナイフは無敵。
チタンより、モリブデンより、硬化テクタイトよりも強いんだからね。
そして切られた痕から血は出ない。
だって神だから。
神はアイドルより凄いんだし。
頭と胴体、二つに別れた私の体は、うねうねとして泡立って、肉は分裂を繰り返す。
やがて私は二人になった。
金髪碧眼だった過去の私。
そして黒髪でカラーコンタクトを付けて、ギャル言葉の学校人格の私。
「初めまして、私」
「うっひゃあ、私そっくり! チョーウケるんだけど!」
「あなたは私、私はあなた。だけれど、二人はまるで違うものです」
「そうねー、私の中にある要らない感情とか感傷とか過去だけ、全部切り取って創られたんだもの。
でもね、私はあなたであることも、否定しないよ」
私は私を見て、腕を組みながらうんうんと頷く。
そんな私に、私は答える。
「はい。私もまた、あなたです。
お互いの弱い部分、強い部分、様々な私が二人に分かれただけですから」
「私達の相互理解はオッケーだねっ!
じゃあ、私は神様としてこの腐り切った世界に、このどうしようもない戦後社会に、復讐するっていう大事な仕事があるの。
宗方のおじいちゃんが私を殺しに来るまでの間、やれることを精一杯やってやりたい。
最後に生き残ったゴキブリ以下の人類共に、最後の審判と大破壊を味わわせてやるの。
神様だった私の期待を裏切って、平和も未来も夢も無くって、どうしようもない後始末だけを子供達に残してしまった。
そんなバカ共がどうするのか? 私は見届けたい。
私がずっと夢想してた、残酷無比なサバイバルゲーム。
それを実行するために、私はあなたを切り離した。
もうためらわないし、迷わない。
私は鬼になれる。
蛇になれる。
悪になれる。
魔になれる。
そして、どうか死にゆく人類と、愚かな私を哀れんで。
最後の最後に祈って欲しいの」
「わかりました」
修道服に身を包んだ私は、静かにそう返事をした。
この瞬間から、一人だった私は二人になって、別々の道を歩き出す。
後ろを振り返れば、私は再び一人になった。
右も左も分からないまま彷徨っていると、三千万円を求めて旅をしていた迫田景人さんという男性に出会い、行動を共にする事になりました――