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爪の音  作者: 一人旗目
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第2章 そして友人は旅に出る

「神様! オーマイゴッド!」

 優美は感極まって、両手を広げながらよくわからないテンションで叫んでいる。

 そして、夏子はうさんくせぇと鼻をひくひくさせながら、光の指す空と優美の顔を交互に眺めていた。

「てゆーかさ、あんたアレが罠だとか疑わないの?」

「罠でも何でも、今飲む水、明日の食料にさえ事欠いてるんだよ私達?」

 思い出すだけでも、ぐうの音も出ない反論だ。

 夏子と優美は今、コンビニやスーパーだったと思われる場所を漁って、その日その日を食いつないでいる。

 お弁当やおにぎりは全て、当たり前だが腐っているのだ。

 残されているのはボトルや缶に入った飲み物と、保存が利く缶詰やスナック菓子の類、後はちょっとしたご馳走としてチョコレートや飴など、甘いものだ。

「私行くからね! 信じないなら夏子ちゃん、あなただけここでずっと居ればいいよ」

 肩をいからせ、胸を張って、今までにない強気な言葉を吐く。そして、夏子が言い返そうと唇を開いた瞬間に、優美の次の言葉が続いた。

「私もうやだよ! 今はまだ九月の終わりだからさ、秋だし過ごしやすい気候だし、我慢できるよ? でも、冬はすぐにやって来るんだよ? 水や食料もだけど、毛布とか探さなきゃいけない、それでしのげる? 自信ある?」

「そりゃあ無いけどさ、あんなクソ胡散臭いの信じるの?」

「やらない後悔よりやった後悔だよ、こうしてる間に、現金で三千万円見つけて駆け込んでる人がいると思うと、いても立ってもいられなくない?」

「あんた、学生時代はいじめられっ子だったのに、急にバイタリティ付いてきたね」

「本能が目覚めただけだよ。むしろ夏子ちゃんが落ち着き過ぎだよ」

「こういう時は焦る方がヤバいの。それくらいわかるでしょ」

 くいっと、昨日見つけた紅茶のボトルに口を着ける。

 ミネラルウォーターと違い、糖分を含んだ心地よい甘さが、体中の血管の隅々まで行き渡る。

 心身共に倒れそうなほど疲れている今、それはもはや命の水だ。

 あなたもこれ飲んだら落ち着くかも知れないよ?

 そう言葉にする代わりに、黙ってボトルを優美の前に出す。

「ありがとう、一口もらうね。だけど私は行くよ、止めても行くから」

「あの光が指す方に、天使の格好したチケットの売人がいるんだっけ。夜になってもあそこだけは分かりやすいわね」

「あんな事できるくらい力を持ってる神様だよ、助けてくれるんだよ」

「信じる奴しか助けないなんて、そんな神様なら要らない」

「信じてても信じて無くても、三千万円持ってきた人だけ助けてくれるって言ってるよ」

 優美は腕を組みながら、何かに納得したように強く頷く。

「今さら金って言われてもねえ。そもそも、何で現金じゃなきゃいけないの? 色々と怪しい事ばかりじゃない。よく考えた方がいいよ」

「銀行とか信用金庫とか郵便局があった辺りを探せば、壊れ過ぎずに残った金庫とかにあると思うよ」

 人の話なんてまるで聞く気は無いらしい。まあ、分からないでもないのだけど。

「今さら泥棒も糞も無いけどさ。マジでするの?」

「夏子ちゃんはそこでぼやぼやしてなよ、私は行くからね」

 優美は立ち上がると、瓦礫の山をゆっくりと降りていく。

 その途中、ちらりと後ろを振り返った。

 着いてきて欲しい。そう無言で訴えかけている。だが、夏子はそれを敢えて無視した。

行くときは自分で判断する。

それに、ここで軽々しく神の意思に乗ることが少し癇に障る部分もあった。

「行っちゃうよ?」

「さようなら」

「本当に本当に行っちゃうよ?」

「お元気で」

「あうあう」

「行きたいんでしょう」

「もう、夏子ちゃんの馬鹿っ!」

 決断が鈍ることを恐れたのか、優美は月明かりを頼りにして、でこぼことした瓦礫の荒野を精一杯の速さで走っていった。

 肩から掛けたポシェットの中に、さっき見つけた焼鳥の缶詰を一つと、さきいかを一パック詰め込んで。

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