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爪の音  作者: 一人旗目
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第24章 骨の上を、無数のアブラムシがはい回ってるみたいだ

『今日から日記をつけようと思う。

 そう、見知らぬ誰かがいつか拾った時の為に、自己紹介も書いておく。

 僕の名前は谷村光樹、とある大学の経済学部の学生だ。

 ちなみに、神様が行った罰ゲームのせいで、僕の命は長くない。

 そんな僕が今いるのは、何かの工場があったらしい、大きな建物の中だ。

 屋根はボロボロだけど、とりあえず雨の時は隅っこに居ればいい。

 風もさして気にはならなくなってきた。

 みんなの優しさが身に染みて、ここにいてはいけないと思った。

 そんなものは逃げる理由に成り得ないかも知れない。

 けれど、あそこに居たら僕は皆を不幸にしてしまう。

 ああ、それにしても腕が痒い。

 いや、腕の骨が痒い。

 骨が痒いなど、果たして信じられるだろうか?

 しかし、実際に腕の肉の下、骨の表面がむずむずとしている。

 いざ掻こうとしても、腕の肉が邪魔をする。

 ばりばりと、皮膚を掻きむしる音だけが空しい。

 どうすればいいのだろう。

 かゆみ止めも効かない。

 死ねばいいのに、死ぬ勇気も無い。

 僕は惨めで、哀れだ。

 神様、助けて。

 僕を少しくらい哀れんでくれ。

 いや、ください。

 別に罰を与えられるほど、悪いことした覚えはないんだけどな。

 ああ、痒い。

 痒くて痒くて仕方がない。

 こうしてペンを動かすなりして、気を紛らわそうとしているのに、痒みは少しも収まってくれない。

 ああああああああ

 かゆいかゆいかゆい

 かゆいよ!

 かゆいんだよ!

 助けてよ……』


 その日の日記は、やや言葉遣いが乱暴になった気がする。

 もっと気を付けよう。

 それにしてもかゆい。

 手を止めれば余計に気になる。

 骨の上を、小さな無数のアブラムシがはい回っているような不快感。

 畜生畜生チクショウチクショウ。

 考えるときの言葉遣いも普段より少し荒っぽい。

 人類も自分も、地球も宇宙も、何もかも一瞬で消えてしまわないだろうか。

 消しゴムでノートの間違いを消すように。

 ぱっと、さ。

「あははははは、核戦争でも滅びなかったのに、無理だよね」

 ふと手を止めて、外に目を向ける。

 雨はもう止んでいるらしい。

「あの子は、元気かな」

 睦美の事が少し気になる。

 ちょっと不良っぽくて、だけれども、どこか憎めない素直さを持っていた。

 少し年下の、妹ができたみたいな気分だった。

「あはは、人生リタイヤか。あはははは」

 ごろりと横になる。

 骨の髄からわき上がる痒みは、少しも手加減はしてくれない。

 なるべく気を紛らわそうと、つねったり横になったりもしてみたが、状況は変わらない。

 そもそも皮膚が、肉がある。いくら掻きむしっても、皮膚の下まで爪が届くわけがない。

 ぼりぼりぼりぼり。

 掻きむしる音は無情で、どこか悲しい。

 三人が目を離した隙に、遠くへ逃げ出した。

 誰にも迷惑を掛けたくない。

 これ以上荷物になりたくない。

 また生きている事を否定されるくらいなら、いっそ孤独のままで死にたい。

 ぼりぼりぼりぼり。

 皮膚が分厚すぎる。

 ぼりぼりぼりぼり。

 足りない。

 足りない足りない足りない足りない。

 気が付くと、ポケットに錆びたカッターナイフが入っていた。

 いつの間にこんな物が入っていたのだろう。

 だが、気にするのも馬鹿げている。

 これがあれば――

「いやいや、待て待て待て、冷静になるんだ」

 それは恐ろしすぎる想像だった。

 腕に刃を立て、皮膚を切り開く。

 ぬめっと、血にまみれた腕の中に指をくぐらせる。

 きっと痺れるような、いや、突き抜けるような激痛が脳天まで走るだろう。

 だが、歯を食いしばってそのまま爪を立てる。

 中の骨を削るようにして掻きむしる。

 ああ、そうすればどれほど心地よいだろうか。

 痛みよりも遙かに勝る、エクスタシーが。

「くふうっ」

 思わず声が漏れる。

 骨自体に神経は無くとも、掻くことでその周囲に手が触れれば、痛みが突き抜ける。

 しかし、それでも爪を立てずに居られない。

 ぼりぼりぼりぼり。

 爪の音が耳障りだ。

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