第23章 カミサマタスケテ、ホントニタスケテ
カミサマタスケテ、ホントに助けて。
つまらない、くだらない、ないない尽くしの私の命を。
ノートに書くのも嫌になって、あれからどれくらい月日は流れた事だろう。
私の時間はまるで、濁ったどぶ川の流れに似ている。
誰も興味を持たないけれど、忘れられた場所で刻一刻と変化をしている。
二度と同じ時間は現れなくて、毎日毎秒新しいのに、その事に何の意味も無い。
退屈で人が死ぬなら、私は百万回死んだに違いない。
まるで売れないお笑い芸人のライブに、むりやり連れて行かれた気分だ。
「あーあ、チョーたいくつぅー」
机の上にほおづえを突いて、自分をいじめている桂と但野と大宮の方を見る。
名前しか知らないファッション雑誌を広げて、くだらない会話をしている。
私の視線に気が付いたけれど、何か言うわけでもなく、すぐに雑誌に視線を戻す。
あいつらも最近はいじめに飽きてきたのか、私を無視するだけになった。
他のクラスメートもそれに同調する。
話し掛けたら返事はするけど、別に仲良くするでもない。
ただそこにいる少女A。
私は名もない通行人。
映画やドラマで学校のシーンが出てくると、画面の中に映ってる主人公や脇役でさえない誰か。
それが私。
お前達、こっち見てみろよ。
孤独な私が退屈してるよ。
別に何がどうとか言わないから、私と何か喋ってよ。
同じだよ。
私はあなた達と同じだよ。
何が違うの?
ニッポンジンじゃん?
ねえねえ、教えてよ。
と、心の中で思っても、言葉にできない私。
泥をこねて友達でも作ったなら、ちょっとは救われるかも知れないのになあ。
色褪せる世界。
灰色の砂嵐。
目を閉じて寝た振り。
そんな風にしていたら、放課後だというのに、担任教師の君島夏子が教室に入ってきた。
何か忘れ物だろうか?
教卓の中をごそごそと触っている。
ちょうどいい、元気いっぱいに話し掛けてみよう。
「ねえねえ夏子ぉー、映画好きなんだって?」
「あなたねえ、教師に話し掛けるのに下の名前で呼び捨てってどうなのよ」
眉毛を八の字にして、不機嫌そうに出席簿で私の頭をこつんと叩く。
やれやれ。
この人だけだな、私の話をまともに聞いてくれるの。
「どっちだっていいじゃん。嫌われてるよりいいんだしさあ」
そう言って、私はころころと猫みたいに笑った。
この人は世界史の先生で、受験戦争とはあまり関係のないポジションにいるせいかも知れないけれど、他の先生達よりも親しみやすいし、ちょっと気になっている。
授業以外では別に喋る機会も無かったけれど、今日は思い切って声を掛けてみた。
「映画は好きよ。あなたも?」
「ううん」
「じゃあ何でそんな話を私に振るの」
「暇だから。何かおすすめとかってある?」
私の言葉に、少し考えるように上を見る。
「あるにはあるけど、普通の女の子の好みじゃないようなのが多いのよね。
たいていの女の子ってさ、ラブストーリーが好きでしょう?
でもね、私が好きなのって主に香港アクションだったり、ホラー映画だったり、アメリカンジョーク満載で、日本人の感覚とはちょっとズレた面白さのコメディだったりするし」
「面白ければ、男も女も関係なくないかなぁ」
「私としてはそう思うんだけど、以前気になってる男の人と飲み会で、アクション俳優のグリーン・ボルタオスがフライパンだけでマフィアと戦うシーンについて熱く語ったら、翌日から携帯のメールが無視されるようになったのよ……」
「あははっ、夏子ってばマジパネェ!」
「マジパネェってなに?」
「半端じゃない。すごいってこと」
「すごく馬鹿にされた気がするんだけど」
「ねえ夏子、私はそんな風に冷たくしないから、何かおすすめ教えてよ」
ほおづえを突いたまま、にっこりと笑ってみる。
用事があった時以外で、先生と話す最長記録更新だ。
つまんないかなって心配だったけど、なんて事はない。
結構楽しいよ。
「うーん、DVDで持ってるのはコレクションとして、アカデミー賞作品しかないけど、それでもいい?」
「アカデミーでもロボトミーでもいいよ。面白いのおねがーい」
「ロボトミーって……まあいいけど、そうだなあ。
ちょうど昨日学校の帰りに買ったのが今持ってるんだけど、家に置いてくるの忘れちゃってさ。
これとかどうかな?」
夏子が渡したDVDには、どこかもの悲しい書体でこんなタイトルが書かれていた。
『世界の終わりに夕食を』
あらすじを読むと、謎の奇病の発生と、第三次世界大戦でぼろぼろになった世界の中で、人間がどう強く生きるかという学校教師と生徒の話のようだ。
SF映画っぽいけど、人間ドラマが濃密に描かれて云々と書いてある。
「夏子はこれ、もう観たの?」
「まだなんだけど、他にも録画したままになってるドラマとかもあるから、一週間くらいなら貸してもいいわよ」
「やっりぃー、それじゃ借りちゃうよ。ありがと♪」
「気に入ればいいけどね」
「大丈夫。きっと気に入るよ」
DVDを貸し借りするなんて、ちょっとだけ人間っぽくなったかな。
ニホンジンっぽくなったかな。
ありがとう先生。
あなたの目には、私は普通に映ってる。
嬉しいよ。すごく嬉しい。
これからもまた、映画を貸してね。
そうだ、この嬉しかった今日をメモ帳に書きつづっておこう。
一日限りの私の日記。
嬉しい事は残ればいい。
ね、そう思うでしょ?