第1章 先着一万名様限定、楽園入場チケット販売開始
馬鹿にしている。
というか、ふざけるな、いつか会ったらぶっ殺してやる。
君島夏子はかつての我が家だった瓦礫の山の上で、両親の死体を探している最中に見つけた水に口を付けた。
ボトルは泥だらけだが、未開封のミネラルウォーターなので、さしたる問題はない。
いや、仮に問題があっても、渇きを抑えるためには飲まざるを得ないのだ。
水道の蛇口をひねれば、公衆便所でさえ水が出た時代が懐かしい。
食事はこの三日を通じて、缶切り要らずの焼鳥の缶詰と、イカの薫製だけだ。
しかも、食べると喉がよけいに渇くという、どうしようもない食料ときている。
「贅沢言わないわ、せめて塩味のおにぎりとゆで卵くらい食べたいのよ」
―馬鹿だねえ。十分贅沢だよ私。
誰も言ってくれないので、自分の心の中でこっそりと返事をする。。
人と滅多に出会わなくなり、幾夜も過ぎていくうちに、自然と独り言が増えるようになってきた。
何か口に出して言わないといけないような、そんな強迫観念に駆られる。
地平線の彼方、今日も日は沈もうとしていた。
「私も行こっかなぁ、楽園」
昨日の夕刻、同じ頃に神と名乗る何かは、突然空の上から一方的な演説を始めた。
その時だけ、曇っていた空から突如光が射し始めて、耳ではなく脳に訴えかけるようにその声は届いてきた。
信じたくは無いが、女子高生言葉のアレが神だというのはおそらく本当だろう。
手品だトリックだと言うには、こんなご時勢にやるような事ではない。
それに、昨日のうちに同じく生き残っていた幼なじみの友人は東へ、楽園のチケットを手に入れる為に旅立った。
神が出した条件は、極めてシンプルなものだ。
『日本銀行券で現金、キャッシュで三千万円持ってこい。但し先着一万名様限定! 地獄の沙汰も金次第だからね』
およそ神が言うセリフとは思えないが、あの声が言っているのだ、信じざるを得ない。
昨日夏子の隣に座っていた木戸優美に至っては、この地獄から抜け出せると勝手に思い込んだのだろう、目を輝かせてその話に聞き入っていた。
何もかもが狂っていく中、幼なじみの彼女が狂う事を止めるなどできようはずもない。
結果は既に見えていたのだ。