第16章 罰ゲームの名は『爪の音』
「ああ、素晴らしい! 温かい食事ですよ春乃さん!」
「たかが数週間の間やったけど、まるで何年ぶりかみたいな感動やねえ」
楽園の中、そこはまるで、絵に描いたような区画が整理された土地となっている。
一日の仕事を終えた春乃は、敬一郎に案内されて、共同の食事ホールへ着いたところだった。
「温かな湯気を立てる白いご飯、そしておみそ汁。さらに塩鯖とお新香まで!」
「ああ、うち生きてて良かった、楽園来て良かった、ほんま良かったわ!」
お預けを食らっていた犬のように、用意された食事にむしゃぶりつく。
いつの間にか用意されていた食事部屋には、テーブルと、誰が配膳したかわからない塩鯖の定食が供されていた。
もちろん、全員の分がきっちり余る事無く用意されている。
神の力なのだろう、あまり疑問も持たずに箸を付ける。
そんなことよりも、今欲望を満たしてくれる事が大事だった。
もう死んでもいい、温かな食事を噛みしめると、感動のあまり涙が出てきた。
「温かな食事というのは実に素晴らしいです。
偉大なる我らの神のお力に感謝せねばなりませんね」
「そうやねえ、うん、ほんまそう思う。神最高!」
たっぷりとよそわれたご飯を全て平らげると、初めて人心地着いた気がする。
ぼんやりとした頭で、椅子に身を預けていると聞き慣れた声が空から響く。
「あーあー、楽園日本支部の皆さん、お食事お楽しみいただいているでしょうかー。
神様でーす。
元気してる?
今日は私が好きな焼いた塩鯖の定食にしてみました。
年寄り臭い趣味だと思ったり、鯖嫌いだった人いるかなあ?
ごめんねー、でも温かいご飯食べられたんだから、贅沢言わないでよねー。
残しても怒らないからさー。
ところで今から、大事なお知らせがありまーす。
注目して下さいねー、はーい、ちゅうもーく。
なお、ここから先は外の世界とライヴ中継で繋がっちゃいます。
みんな心の準備はOK?
それじゃ、いっくよお!
1、2、3、スタート♪」
ドドドーンズババーン♪
パラパパッパパーン♪
レディースアーンドジェントルメン、イッツショウタイム!
全世界約二億とんで三〇〇万人の生き残った人類の皆様、大変お待たせ致しました!
それでは今から罰ゲームの正解を実況生中継で行っちゃいます。
このまま教えられないで今日が終わると思いきや、意外と素早い発表だとびっくりした 人も多いと思うのね。
だって、秘密にしてたらあんた達、三日くらいで人類滅亡しちゃいそうだから☆
あははは♪
そんなつまんねえくたばり方しやがるんじゃねえよクズ共!
たっぷり苦しんで、誰にも救いを求める事ができないままに死に腐れって感じ?
さて、気になる罰ゲームのタイトルは、ずばりシンプル『爪の音』でーす。
これは何かっていうと、みんなが大嫌いな蚊にスポットライトを当ててみましたー。
ノミとかシラミとかダニとかも仲間に入れようか考えたんだけど、いまいちかなーと思ったので、ボツなのだ。
そもそもノミって少ないし、シラミってどこにいるかよく知らないし、ダニだとそこら中にいそうだし、それだとすぐに楽園の外の人類滅亡しちゃって面白くないからね!
そこで蚊だけ限定で、五%に保菌種を作りました。
冬も夏も関係なく、彼らは生まれて増殖しまーす。
私特製の、新種ウィルスを持った危ない種類のものでーす。
で、こいつらに血を吸われると、こわーい病気に感染しちゃうんだな、これが。
病気がどんな風に発症し、どんな風に進行するかは追々分かるから安心してね!
もーね、未だかつて無い地獄が訪れるよ。
すっごい地獄、溢れんばかりの地獄。
前代未聞の驚天動地、映画や物語の中にさえ存在しなかった本格派で最高の地獄が!
見たくない?
私はすっごく見たい。
あはははは!
つーか、見ろ。
目ん玉かっ開いてまぶたの裏に焼き付けろバーカ!
これはあんた達、愚かすぎる人類が最後に背負う償いの十字架なんだよ。
頑張れば生き残れるなんて、甘っちょろい考え持っちゃダメだぞ♪
死ぬの。
一人残らずくたばって。
苦しんで、苦しみ抜いて、あり得ない程の苦痛に耐えかねて悶え苦しむの。
それがあんた達が行ってきた事への償い。
好き放題やらかしてきた代償は大きい、その重さを感じなさいな!
全てを言い終わると、放送は止まった。
食堂の中で、誰もがしばし発する言葉を失う。
だが、数秒の後、春乃は敬一郎に語りかけた。
「なあ、鈴木さん」
「何でしょう」
「今も神、信じてはる?」
「ええ、もちろんですとも」
それは意外な返答だった。
あり得ない、人並みはずれた悪魔のような神。
到底、楽園の中の住民を愛しているとも思えないその不遜な態度。
疑問を抱くことは当然のはずだった。
しかし、敬一郎の顔には別段焦る様子も無い。
そのことに、春乃は言いようも無い苛立ちを感じた。
「あんなアレでナニな神やのに?」
「ハルマゲドン、ラグナロク、世界中には終末思想がいくつもあります。これはその一つの形。神の思し召しは絶対であり神聖、我々のような人間など及ぶものなど無いんですよ」
「そっかあ、せやね、あはははは」
「はははは」
こいつとはなるべく疎遠になろう。
春乃は心の中でそっと呟いた。