第13章 おっかなびっくり驚天動地、人類史上最大の罰ゲームのはじまり!
空から流れた報せに、夏子は思わず札束を取り落とした。
勉と袂を分かち、やっとの事で手に入れた楽園行きの金。
それが全て、無駄になってしまったのだ。
信じるものと信じられぬもの。
取捨選択を繰り返しながら、無我夢中でやっとここまでたどり着いたはず。
慎重に、十分過ぎる以上の注意を払って倉庫に潜入し、金を見つけた後は、皆で一心不乱に札束を数えた。
多少の誤差はあるだろうが、ざっと見積もっても軽く二億円はある。
この後にもし勉が戻ってきたり、暴漢に出会ったとしても、二人までなら買収をしてなお釣りが来る計算だった。
救われたはず。
それだけの大仕事を終えたはず。
なのに、なぜ?
「君島さん、とりあえず落ち着くんだ」
「落ち着けですって? どうやって?」
夏子は仁の胸ぐらを掴み、食ってかかる。
血走った目は、もはや理性の光が薄れていた。
「別に大地が割れて溶岩が吹き出したわけでも、空から隕石の雨が降り注いだわけでもない、俺たちはまだ生きてる、それでは理由にならないか?」
「なるわけないでしょ!」
「じゃあ今すぐここで死ぬか?」
「何で私が死ななきゃいけないわけ?!」
「少なくともゲームオーバーじゃない。俺達はまだ可能性が残されている。それだけでも十分じゃないか?」
胸ぐらから手を離し、一心不乱に考えを巡らせる。
深呼吸をして、夏子は誰も居ない方に向きを変えた。
「まあ……確かに……」
絞り出すような、精一杯の声だった。
ほんの少しでも気を抜けば、そのまま闇の中に落ちてしまいそうで。
だが、気絶したとて、目を覚ませば現実は変わらない。
今一番必要なのは理性。
それが夏子自身を踏みとどまらせていた。
「俺も陣内さんに賛成ですね。まだ幼い、年頃の子供の前で取り乱すのはどうかと」
「ごめんなさい……」
なでなで。
「君島さん、いいこいいこ」
「うん、私は良い子なのよ藤次君」
「ところで、吸血鬼ってドラキュラとか、そういうのだよね」
「そうよ」
「ドラキュラが町に溢れかえるってことかな? 僕、十字架作るよ」
「神があれだけ常識はずれなんだから、吸血鬼が果たして、十字架や日光に弱いかどうかはわからないわよ」
夏子の発言に、仁は考え込むように俯く。
命懸けで集めた札束は再び、ただの紙くずになってしまった。
そして、一万人以外の残された人類には、過酷を極めるだろう罰ゲームが始まる。
「うーん」
ぼりぼりと、毅が頭を掻く。
仁はじっとそれを見つめた。
なぜそれが気になるのか、自分でもわからない。
「どうしました?」
「頭、掻いたよな」
「掻きましたよ」
「頭、掻いた」
「何ですか、変なものでも見るみたいに」
ぼりぼり。
それは爪の音。
ぼりぼりぼり。
何かが心に傷跡を付ける。
ぼりぼりぼりぼり。
ごく普通の光景なのに、どうしてそんなに気になるのだろう。
ぼりぼりぼりぼりぼり。
「吸血鬼ねえ」
「何か分かったの?」
「いや、別に」
その時、一匹の蚊が目の前を横切る。
小さな羽音、その行く先を目で追うと、不意に消えたように見えなくなってしまう。
まるで現代の忍者のようだ。
「蚊ってまだ居るんだな」
「最近は下水道が発達したせいで、年がら年中いるらしいわ」
「かゆいのやだよお」
「好きな人の方が珍しいわよ」
ぼりぼり。
毅はまだ頭を掻いている。
「どうしたんだ? さっきからちょっと長いな」
「頭のうなじの辺りを蚊にやられたっぽくて、何かすごく痒いんですよ」
毅の頭頂部に目が行く。別に変わった部分は見あたらない。だが、なぜかそれが引っ掛かるのだ。
間違い探しで、後一カ所が見つからないような、足りない何かが見あたらない。
「まあいい、とりあえずここらで食料とねぐらを確保しようか。楽園に行けないなら、次はこの世界で生き残る事を考えよう」
「そうね、賛成」
「吸血鬼って言うくらいだから、夜に気を付けた方がいいんだろうか」
「俺と陣内さんで交代で、寝ずの番をした方がいいですかね」
「そうだな」
辺りは日が暮れ始め、血のように赤く染まっていく。
これから始まる罰ゲームの事を思い、仁は軽く唇を噛んだ。