新進気鋭のファンタジー作家
「最近の小説は……なんというか、つまらなくなったの」
「じいさん、またその話かよ」
道すがら、老人が若者に話題を振った。
「本当につまらん。特に『ハイファンタジー』とやらは目も当てられん」
「は? あれの良さも分からないのかよ」
「わしらの世界の理とまるで違う」
「そりゃ、ファンタジーだからなぁ」
「昔は良かった。古典文学に神話。わしの小さかった頃はそれだけで十分、わくわくさせられた」
「ファンタジーだってわくわくするぞ?」
「なんだって最近出た作家が広めてから面白くもない物語にみんな心酔しておる。それにかこつけてイナゴのように他の作家も同じような世界に固定されておるじゃないか」
「似てしまうのは、仕方ないんじゃねーの? 制約も多いし」
「そこじゃ! なんでもじれったくてページを進む手が止まってしまい、そのまま倉庫行きじゃ」
「オチまでちゃんと読めよ。そこからの批評だろ?」
ふと、本屋でふたりは立ち止まる。
そこには『新進気鋭のファンタジー作家の新作あります』とのぼりが立っている。
「ううむ、見ろ。イナミ・シズカ、こいつのせいで世界中の本の質が落ちたんじゃ」
「まぁまぁ、ちょっと立ち読みしてこうぜ」
ああ、今日も憂うつだ。月曜なんて永遠に来なければいいのに。
そう思いながら、俺はネクタイを締めて、通勤鞄を手に持ち、二十分歩く。駅からは少し遠いが、運動不足の解消にはなるだろうと思っていた。こんなにも辛いものだとは知らなかったが。
駅につくとスーツを着た人間が鉄の箱の中に吸い込まれていく。
みな、一様に顔が鉛色だった。そろそろと電車に乗り込み、俺もその列にいた。
今日は寝坊したからSNSのチェックもまだだ。胸ポケットに仕舞ったスマホを片手に、他の人にぶつけないよう、画面を照らす。アイコンをタップし、飛び込んだ文字にため息をついた。
どこもかしこも『Vチューバーなのは』。
この話題には飽き飽きしていた。
左後方から視線を感じる。肘が当たってしまったか? そう思い、振り返るとひとりの女がこちらを凝視していた。
鞄を両腕に抱きかかえ、俺のスマホを見ている。
痴漢や変態を見る目ではない。俺はそう直感する。
そして、直感が当たっていると確証するのは、翌日のことだった。
「嘘じゃろ?」
「うん、ファンタジーだねぇ」
ふたりは顔を突き合わせ、言う。
「なんじゃ、電車って」
「電気で動く鉄製の馬車だよ」
「転移魔法で十分ではないか」
「いやいや、この本の世界では、魔法はないんだって」
「魔法がない?」
老人は本閉じた。
「そんな奇抜な設定、わしには受け付けん。それに文章も拙い」
「そうかなぁ。読みやすくていいと思うけど」
「それに直感なぞご都合ではないか? 心を覗けば事足りよう」
「いや、現実でもこっそり鑑定しちゃダメでしょ」
「こんなつまらん本に金を払うモンの気がしれん」
魔法使いの老人が本を棚に戻すと、獣人の若者がその本を手に素早くレジに向かう。
「お前さん、買うのか?」
「ま、ファンだしね」
「……やはり、お前さんとは相容れぬな」
「でもパーティ仲間だ」
そうして、一冊の本を手に満足そうにしっぽを振る若者と、魔法使いの老人は同じ道を歩くのだった。




