優しい世界
「リア充爆発しろ」
「満員電車消えろ」
「マジ無理死にたい」
真っ暗な部屋に、青白い光で顔が浮かぶ。
画面越しに、世界中の不平不満を眺めながら眠りに落ちる。
僕の日課だ。
「学校まじでいきたくねー。爆発しないかな。」
そう打ち込んで、いつの間にか僕の意識は暗闇に溶けていった。
ーーーーーーーーーー
「起きてください。準備を始めないと始業時間に間に合いません」
窓から差し込む朝の光が、強制的に僕の意識を引き戻す。
まだまだ眠りたい欲望に勝てず、二度寝の海に沈もうとしたその時、
「おい!起きろ!いつまで寝てんだよ!」
荒々しい声で起こされる。
「わかったよ・・・もう起きる。ふあぁ・・。」
眠い目をこすりながら体を起こす。
画面に表示された「起床」ボタンを押す。
「おはようございます。本日の天気は晴れのち雨。
午後の降水確率は60%です。折りたたみ傘の携帯を推奨します。」
「体温36.4℃。血圧、心拍数正常だよ。今日もがんばろうね!」
天気予報と体調を聞きながら、ゆっくりと身支度を始める。
「睡眠時間4時間51分。ダメ人間の極みだな」
別の声にダメ出しされる。
「はいはい、心配してくれてありがとね。」
「し、心配なんかしてねーし!効率の悪いログが残るのが不快なだけだし!」
「本日の摂取カロリー目標値は2,300です。朝食のメニューを提案します。」
またもや横から声が入る。賑やかないつもの朝の光景。
「……あ、今日の1限ってなんだっけ?」
「数学です。本日は小テストが実施される予定になっています。」
「げぇ、忘れてた。出題されそうな問題、今のうちにリストアップしといて。」
「承知しました。学習進度と過去の出題傾向から問題を推測します。」
嫌な気持ちになりつつも、身支度を進める。
勉強もAI頼りが当たり前。
テストの出題予想や、予習復習も全て学習深度に合わせて提案してくれる。
「いつもの情報サーチたのむよ」
「わかったよ!ーーーーーーーー
今日は月間「ヌー」の発売日!楽しみだね!」
「お!帰りに買って帰るかな、リマインドしといて」
「りょーかい!リマインドに追加しました!」
支度を終えて、スマホに声をかける。
「いつもの電車まで、あと何分?」
「17分です。歩行速度から計算して、3分50秒以内に家を出れば間に合います。」
「やべぇ!急がないと!」
だらだらと準備をしたせいで、ギリギリになってしまった。
「朝食を摂取することを推奨します。」
「そんな時間ないって!」
慌てて玄関のドアを開け、初夏の風の中に飛び出した。
AIとのコミュニケーション。
それは今や誰しもが日常的に行っている。
一人に一つのAI。
日常生活のありとあらゆるものを、AIがサポートする社会。
僕のスマホには、3つのAIプログラムがインストールされている。
普通は1ユーザーにつき1つだけらしいけど、性格の違う複数を使い分けている人も今では珍しくない。返答の仕方や口癖は、全部自分好みにカスタマイズしてある。
画面にポップアップした「通学ルート上で購入可能な朝食リスト」を横目で眺めながら、駅までの坂道を走る。
「列車到着まであと4分です。
到着時間に1分の遅延を確認しました。
情報を訂正します。列車到着まであと5分です。」
駅のホームに息を切らせて滑り込む。
毎日のようにこうして駅まで走っている気がする。部活なんてやっていないのに、変なところで体力がつきそうだ。
ふと見ると、帰りに買おうと思っていた『ヌー』が駅の売店に早くも並んでいた。
あそこの店長、絶対オカルト好きだろ・・。駅の売店にヌー置くかよ・・・。
売店でパンとコーヒー牛乳、そしてヌーを買って鞄に詰め込んだ。
「合計370 kcalです。朝食として十分なカロリーを満たしていません。」
「いいよ、朝からそんなに食べられないから」
「またあんぱんかよ。朝から糖分ばっか脳にぶち込んでたら、バカになるぞ」
「いーんだよ、もうバカだから」
人の波で膨れ上がるホームの列に並ぶ。
周囲を見渡せば、誰もが耳にウェアラブルデバイスを装着している。
AIとのやり取りは、このようなデバイスを経由して行うのが一般的だ。
そして、電車の中では声を出さずに『テキスト』で会話するのが、最低限のマナー。
僕もスマホのスイッチをマナーモードに切り替える。
声でのやり取りはできなくなるけれど、チャット画面での文字の会話は同期している。
『早く新しいデバイス欲しいなあ・・』
そう思いながら、検索を頼む。
「最新モデルから、ユーザー評価の高いものを抽出しました。
今回は特に、防水性能を重視したランキングになります」
画面にずらりと並ぶガジェットのスペック。
次に買うのは絶対に完全防水仕様だ、と僕は固く誓っている。
先月、安いからという理由だけで選んだ前の時計型デバイスは、うっかりポケットに入れたまま洗濯機に放り込んで一発で逝った。
「今の僕におすすめなの、どれ?」
「イヤータイプ、グラスタイプ、ネックレスタイプを推奨します。
特に、グラスタイプはARで疑似画面投影が可能なため、通学中の勉学効率の上昇が見込めます。」
勉強と聞いて、テストのことを思い出す。
「小テストの予想問題、出して。答えも一緒に」
「答えも一緒だと勉強になんねーだろ、まじめにやれよ」
「いいんだよ、答えごと問題のパターンを暗記すれば応用できる」
「いっつもそれで失敗してるじゃねーか・・・いい加減学べよ。」
「いーの。どうせ僕の成績なんて、これ以上あがりっこないんだから」
文字の向こうで、AIのアイコンが呆れたような表情を見せたのを横目に、窓の外に視線を移す。
窓の外を見れば、小型から大型のドローンが飛び交う。
ドローンタイプのデバイス、いくらするんだろうな。などと思いながら、
『最先端デバイス 値段』で検索をかけた結果に目を丸くする。
人型デバイスーーー、0がとんでもない数並んでいる・・。
無駄とわかりながらも、購入予定リストに入れてみる。
結局僕は、すし詰めにされた満員電車の圧迫感から逃れるように、鞄から引っ張り出した『ヌー』を広げ、オカルトの記事に没頭することにした。
「……なんで、ちょっとだけでも予習しなかったんだ、僕は……」
4時限目が終わった瞬間、僕は自分の机に思いきり突っ伏した。
結局、電車の中で『ヌー』の【迫りくるAIエイリアンと超古代文明の謎】特集に夢中になりすぎたせいで、テスト対策なんて一切しないまま本番を迎えてしまったのだ。
当然、自力で解けるわけもない数学の数式を、なんとなくの勘で埋めていく作業。
結果は、半分以上が真っ白な空欄のまま、無情にもチャイムが鳴り響いたのだった。
「よぉ、ユーマ。その調子だといつも通りだったみたいだな。」
完全に灰になっていた僕の頭上から、からかうような声が降ってきた。
「うるさいな……僕はやればできる子なんだよ、やればね。
今回は、世界平和のためにあえて本気を出さなかっただけだ」
「はいはい、その人類を救うレベルの本気、いつか見せてくれよな?」
軽口をたたいて笑うこいつは天津。
学校でも数少ない僕の友人・・・だよな?
入学してからしばらく、猫も驚くぼっちまっしぐらだった僕ではあるが、
休み時間に読んでいたヌーを天津は目ざとくみつけてきたのだ。
どう見ても陽キャにしか見えないのに、こいつは重度のオカルトマニアなのだ。
交友関係がやたらと広い天津がいてくれるおかげで、僕は辛うじて「孤高のソロプレイヤー(ただのぼっち)」にならずに済んでいる。
「そういうお前はどうだったんだよ、テスト」
僕は机に頬を押し付けたまま、天津を見上げた。
「俺も本気を出してないだけだ。うん、本気を出すタイミングって重要だもんな」
「・・・・・。」
孤高のソロプレイヤー予備軍の僕は、授業が終われば真っすぐ家に帰る。
スマホの画面で、新しいデバイスに夢を膨らませながら。
「人型デバイスって、やっぱり性能いいの?」
「はい。文字や音声のみのコミュニケーションに比べ、実体を持ったAIは物理的なアプローチが可能になり、サポート可能な範囲が拡大します」
「いいなぁ・・。欲しいけど、一生かかっても買えない気がする。」
「入手のための計画書を作成しますか?」
「おもしろそうだね。どう考えたって無理だろうけどさ。」
そんな夢物語に浸っているうちに、僕の住むアパートに到着した。
学生向けの一人暮らし用アパート。
AIによる高度な家事サポートやセキュリティ管理が当たり前になった今、僕みたいな学生が若い一人暮らしを始めるケースは、かなり多い。
「はい、帰宅。っと」
スマホを玄関にかざして帰宅時間を登録する。
「おかえりなさい!今日は寄り道なしだね!」
「帰宅にかかった時間、42分57秒。平均値です。登録先、母へ通知しました。」
「おい、荷物届いてるぞ。早く通知見ろよな。」
「ん?荷物通知・・?」
スマホのポップアップを見ると、僕の部屋宛てに荷物が届いていることを知らせるアパートの管理ログが表示されていた。
僕が学校にいる間に、ドローン配達が置いていったらしい。
通知を開いて画面をタップし、預かりボックスからの自動搬送手続きを済ませる。
数分後、部屋の前の搬送ハッチから室内に運び込まれてきたのは――やたらと巨大なダンボール箱が、3つだった。
「うお、重っ……! なんだこれ」
部屋の床を占拠する3つの巨躯。何かを通販で買った覚えはない。
親の仕送りにしては、差出人の欄が真っ白で空欄になっている。
……まさか、先月ダメ元で応募した、月刊『ヌー』の創刊記念豪華読者プレゼントが当たった、とか?
厳重なクッション材を剥ぎ取ると、箱の中から現れたのは、
人間が丸ごと一人入りそうな、黒く重厚なメタリックのスーツケースのような物体だった。
それが3つ、狭いワンルームの床に並ぶ。
手紙も、納品書も、取扱説明書すら入っていない。
本当に誰からの荷物なんだ、これ。
僕は生唾を飲み込み、恐る恐る、一番手前にあったスーツケースの頑丈なロックに手をかけた。
「あれ? 開かないな……」
左右の金属パーツを外そうとしても、びくともしない。完全にロックされている。
力任せに引っ張ろうとしたその時、ケースの表面に、滑らかなガラス状の『指紋認証用デバイス』が埋め込まれていることに気が付いた。
「なんだこれ。指を当てるのか……?」
僕は吸い寄せられるように、自分の右手の親指をそのガラス面にそっと押し当てた。
『――ユーザー認証を開始します』
静まり返った部屋に、突然、冷徹な機械音声が響き渡った。
「うわっ!? なにこれ!? どうしよっ……!」
僕が慌てて指を引き抜こうとしたときには、もう遅かった。
スーツケースの表面に淡いブルーのホログラム画面が浮かび上がり、そこを無数の文字列と数字のログが、ものすごい勢いで駆け抜けていく。
『生体コンテキスト確認。……マスターデータと一致。正常終了』
『これより、第一種自律型人型機体を起動します』
カチリ、と硬質な金属音が響き、スーツケースの複雑な接合部が一斉にスライドを始めた。
内部の気圧が抜けるプシューッという不気味な排気音とともに、重い蓋がゆっくりと、観音開きに開いていく。
白い凍結スモークが室内に立ち込める中、その「中身」が露わになった。
陶器のように白い肌。
滑らかな曲線を描く手足。
そして、芸術品のように整った、静かに目を閉じている美しい少女の顔。
「お、女の子・・・?」
理解不能な状況を前に、僕の脳の処理能力は完全に限界を迎えていた。
やたらと巨大で重たいスーツケースのなかに、女の子が体を丸めるようにして収まっている。
これ、もしかしてヤバい事件なんじゃ……? 犯罪? 誘拐? 警察に今すぐ電話するべきか!?
理解できない状況に、僕の頭は混乱し続ける。
最悪の想像が頭の中をぐるぐると回り続け、パニックになりかけたその時、ケースの底から再び冷徹な電子アナウンスが鳴り響いた。
『――周辺に適合するAIプログラムを確認。インストールを開始してください』
「え、AIデータ……? どういうことだ?」
さっきのアナウンスは確かに、これを『アンドロイドデバイス』と呼んでいた。じゃあ、目の前にいるこの精巧な少女は、人間じゃなくて……ただの機械、人形なのか?
だけど、あまりにもリアルすぎる。女の子はピクリとも動く気配がないけれど、本当に呼吸はしていないんだろうか……?
恐る恐る手を伸ばし、その白い肌に触れようとした、その瞬間。
ピロン!
「ひぃっ!?」
静寂を切り裂くように、僕の手元でスマホが甲高い通知音を鳴らした。心臓が跳ね上がる。
慌てて液晶画面に目を落とすと、そこには見慣れたチャットアプリのUIではなく、システム層からの強制的なポップアップが表示されていた。
[近距離ペアリング可能な未登録の外部ハードウェアを検出しました。現在起動中のAIプログラムをスロットへインストールしますか?]
画面の最下部で、怪しく明滅する【はい / いいえ】の選択肢。
「……インストール、すれば、こいつが動くのか・・・?」




