生え抜きとして
「まぁ座れ」
「はい・・・・」
私はとりあえず少女を部屋の中に入れた。
彼女が取引相手のエージェントだ。
「キミがペトロフの使いかい」
ペトロフとは以前に接触したロシア側のエージェントの名前だ。本名なのかは不明だが。
「はい。でも彼はまだ日本には来ていません」
「どういうことだ?」
「彼は1週間後に来日することになっています。私はあなたの監視役と世話役を言いつかってきました」
「そうか。で、日本語はどこで覚えたんだ?」
「施設で訓練を受けました・・・・」
彼女の話を聞く限りでは、彼女は元々ロシアの生まれではなく東欧系の出らしい。
紛争で孤児になりロシアの施設でスパイになる訓練を施されたそうだ。
こんな年端もいかない少女をスパイに仕立て上げるなど、北の超大国の恐ろしさを体感した。
「そうだ、名前を聞いてなかったな」
「私は・・・エリーゼと呼ばれています。エリーとでも呼んでください」
「エリーというのか、分かった。そうだ、一緒に昼でもどうだ」
「いいのであれば喜んで」
私はエリーを連れて街に繰り出した。
今日は丁度土用の丑の日だった。うなぎでもご馳走しよう。
「こ、これはなんという食べ物ですか」
エリーはうな重を前に呆然とする。
日本語はペラペラでも、日本食はあまり知らないようだ。
「これはうなぎさ。まぁ口に合わなかったら私が食べるさ」
「で、では頂きます・・・」
上手にはしを持ち、ごはんとうなぎをほおばる。
口の中で咀嚼しゴクリと飲み込んだ。
もしかして美味しくなかっただろうか。すこし緊張した。
「すごく美味しい!!津村さん、これとっても美味しいですよ!!」
「それはよかった、いっぱいあるからお食べ。あ、骨には気をつけて」
エリーは私の言葉も聞かずムシャムシャとうな重をほおばる。よほど気に入ったのだろう。
「美味しかったかい?」
「ええ、とっても。日本にはあんなに美味しいものがあるんですね」
「気に入ってくれて私も嬉しいよ」
そんな会話を交わしながら私たちはホテルに戻った。
「エリーはここに泊まるのかい?」
「ええ、当分の間は・・・・私、シャワー浴びてきますね」
タオルケットを持つエリーの手を掴んだ。
「それもペトロフから言われたことなのか」
「・・・・・」
彼女は軽くうつむく。
だが、そこまで悲しむ様子も無かった。
「キミはこのままでいい。情報とかいう物のために身体を預けることは必要ない」
「じゃあ私はどうしたらいいのですか?」
「そばにいてくれればいいさ」
そして、いよいよペトロフとの密会の日が近づいてきた。