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現代恋愛の短編作!

チョコより甘い告白が、メモアプリに下書きされたまま

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/09

 ★〜第一章:保存されたままの“告白“



 二月十四日の放課後。


 窓の外では、冬の終わりの少しだけ湿った風が、校庭の砂を巻き上げていた。


 佐倉陽葵さくら ひまりは、誰もいなくなった二年B組の教室で、スマートフォンの画面をじっと見つめていた。

 バックライトの光が、彼女の瞳を頼りなく照らしている。


 開いているのは、標準のメモアプリだ。

 そこには、三日前から書き足し、削り、並べ替えた“告白“の言葉たちが、行き場を失って整列していた。


【瀬戸くんへ。

 ずっと言いたかったことがあります。

 一年生の時、図書室で一緒に本を選んでくれた時から、ずっと好きでした。

 もしよかったら、これを受け取ってください。】


 画面の端には、いつの間にか指の脂でついた小さな跡がある。


 机の横にかけられたスクールバッグの中には、丁寧にラッピングされた小さな箱が入っている。


 放課後の調理実習室を借りて、友人の助けを借りながら、焦がさないように、丁寧にテンパリングした手作りチョコだ。


「……無理。送れないし、言えない」


 陽葵は深くため息をつき、スマートフォンのスリープボタンを押した。

 画面が暗転し、そこに自分の情けない顔が映り込む。


 ──瀬戸悠真せと ゆうま


 サッカー部のエースで、クラスでも中心にいるような明るい存在。

 陽葵とは、図書委員が一緒というだけの接点だ。

 おとなしくて目立たない自分と、太陽のような彼。


「チョコより甘い言葉なんて、私には似合わないよね」


 独り言が、冷えた教室に溶けて消えた。



 ★〜第ニ章:下書きの賞味期限〜★



 陽葵がその“下書き“を書き始めたのは、二月の十日のことだった。


 きっかけは、放課後の図書室。

 当番が一緒だった瀬戸が、棚の整理をしながらふと言った言葉だ。


「佐倉ってさ、いつも一生懸命だよな。そういうとこ、いいと思うよ」


 ただの世間話だったのかもしれない。

 でも、陽葵にとっては、心臓の音が耳元まで聞こえてくるほどの衝撃だった。


 その夜、家に着くなり、彼女はメモアプリを開いた。


 最初は【好きです】の一言だけだった。


 でも、それじゃ伝わらない気がして、彼との思い出を書き連ねた。


 雨の日に傘を貸してくれたこと。

 テスト期間中に一緒に勉強したこと。

 彼が笑った時にできる、目尻のシワのこと。


 気づけば、メモは千文字を超えていた。

 読み返すと恥ずかしくて死にそうになり、消しては書き、消しては書き──。


 そうして残ったのが、あの簡潔すぎる数行のメッセージだった。


「明日こそは」


 そう決意して迎えたバレンタイン当日。


 登校中、陽葵は何度もポケットの中のスマホを触った。

 休み時間、廊下を歩く瀬戸の姿を見るたびに、心臓が跳ねた。

 昼休み、屋上に呼び出そうとして、女子グループに囲まれている彼を見て諦めた。


 そして今、放課後の静寂の中で、陽葵は立ち尽くしていた。



 ★〜第三章:予定外の訪問者〜★



「あれ、佐倉? まだ残ってたのか」


 突然、教室の扉がガラリと開いた。

 心臓が口から飛び出すかと思った。


 振り返ると、そこにはジャージ姿の瀬戸が立っていた。

 部活の練習前なのだろう、少しだけ汗の匂いと、外の冷たい空気を含んでいる。


「あ、……うん。ちょっと、忘れ物……っていうか、整理してて」


 陽葵は慌ててスマホを背中に隠した。

 瀬戸は不思議そうな顔をしながら、自分の席へと歩み寄る。


「俺も忘れ物。英単語帳、机に入れっぱなしでさ。……あ、あった」


 彼は机の奥からボロボロの単語帳を取り出し、へらっと笑った。

 そのまま帰ってしまうのかと思いきや、彼は陽葵の前の席に反対向きに座り、ひじをついた。


「今日の放課後、なんかみんなソワソワしてたよな。バレンタインだからかな」


 その言葉に、陽葵の心拍数が跳ね上がる。


「……瀬戸くんは、たくさん貰ったんでしょ?」

「まあ、義理チョコとか、部活のマネージャーからとか。でもさ、本命っていうか、ちゃんと話したい相手からは……まだなんだよね」


 瀬戸の視線が、陽葵のバッグに落ちた。

 ラッピングの端が見えていたのかもしれない。


 陽葵は指先が冷たくなるのを感じた。


 今だ──。


 今、この瞬間にバッグから箱を取り出して、メモにある言葉を口にすればいい。


 ──でも、声が出ない。


 脳内では、メモアプリの下書きが高速でスクロールされている。


『一年生の時から、ずっと好きでした』

『もしよかったら、受け取ってください』


 文字としては完璧なのに、音にしようとすると喉の奥でつっかえてしまう。



 ★〜第四章:送信されない本音〜★



「……佐倉、顔赤いぞ。大丈夫か?」


 瀬戸が心配そうに身を乗り出した。

 その距離が、陽葵の理性をかき乱す。


 彼女は反射的に、背中に隠していたスマホをギュッと握りしめた。

 その拍子に、親指が画面のどこかに触れた。

『ブーッ』という短いバイブレーション。


(えっ……?)


 画面を見ると、不注意にも【全選択】して【コピー】を押してしまったようだった。


 さらに、焦った陽葵の指は、あろうことか瀬戸とのメッセージ画面を開き、入力欄を長押ししていた。


「あ、ちょっと、待って……!」


 陽葵はパニックになりながら、画面を消そうとした。

 しかし、震える指先は彼女の意志に反して、瀬戸とのトーク画面にその【すべて】をペーストし、無慈悲にも送信ボタンを叩いてしまった。


 沈黙──。


 暗い教室に、送信完了を知らせる小さな電子音が響く。


 陽葵の全身から血の気が引いた。

 千文字──とはいかないまでも、推敲を重ねる前の、あの“重すぎる“長文の下書き。


 彼への想い、目尻のシワの話、一緒に本を選んだ時の手の温度……。


 削除しきれなかった“本音のすべて“が、今、瀬戸のポケットの中にあるデバイスへと飛んでいったのだ。



 ★〜第五章:甘い時間の始まり〜★



 瀬戸がポケットからスマートフォンを取り出した。


「お、通知。……え、佐倉から?」

「待って! 見ないで! 今のは間違いなの!」


 陽葵は机越しに身を乗り出し、彼のスマホを奪おうとした。

 しかし、瀬戸はひらりとそれをかわし、画面を見つめた。

 教室を支配するのは、重苦しいまでの静寂。


 陽葵は顔を伏せ、両手で耳を塞いだ。

 もう学校には来られない。

 明日からどうやって生きていけばいいのか──。


 一分、いや、永遠にも感じられる時間が流れた後。

 ふっと、瀬戸が吹き出したような音が聞こえた。


「……なんだよ、これ」


 陽葵は恐る恐る顔を上げた。

 瀬戸はスマホを机に置き、顔を真っ赤にしていた。

 でも、その目は怒っているようには見えない。


「『瀬戸くんの笑った時の目尻のシワが、世界で一番かっこいいと思う』……って。お前、そんなこと考えてたのか?」

「……っ!」

「しかもこれ、最後の方、すごいたくさん書いてあるじゃん。……『チョコは甘いけど、私の気持ちはもっと甘いから、覚悟してね』って。佐倉、意外と大胆なんだな」


 陽葵は絶句した。

 そんな恥ずかしいセリフ、書いた記憶があっただろうか。

 いや、昨夜の深夜テンションで書き殴ったかもしれない。


「……消したかったのに。もっとちゃんとした言葉で、渡したかったのに」


 陽葵の目から、ぽろりと涙がこぼれた。

 完璧な下書きを用意して、完璧な自分を見せたかった。

 なのに、一番見られたくない“ぐちゃぐちゃな本音“が届いてしまった。


 すると、瀬戸がゆっくりと立ち上がり、陽葵の隣に歩いてきた。

 彼は大きな手で、陽葵の頭にそっと触れた。


「いいよ。下書きのままでも。……っていうか、こっちの方が嬉しい」

「……え?」

「完璧な敬語とか、綺麗な言葉よりさ。こういう、カッコ悪いけど必死なやつ。俺、そういうのが一番弱いんだよ」


 瀬戸は少し照れくさそうに頭をかき、自分のスマホを操作した。

 すると、今度は陽葵のスマホが震えた。

 届いたメッセージは、一言だけ。


【俺も。下書きにする暇もないくらい、ずっと前から好きだった】



 ★〜第六章:メモアプリの新しい役割〜★



「……あ」


 陽葵はスマホを見つめ、それから彼を見た。

 瀬戸は悪戯っぽく笑いながら、彼女のスクールバッグを指差した。


「で、そのチョコ。溶ける前にくれる?」


 陽葵は赤くなった顔を隠しながら、バッグから小さな箱を取り出した。

 渡す手はまだ震えていたけれど、今度は逃げなかった。


「……はい。下書きなしの、本物です」


 瀬戸はそれを受け取ると、その場ですぐにラッピングを解き、一粒を口に放り込んだ。


「あま……。あはは、ほんとに。メモに書いてあった通り、チョコより甘いな」


 二人が笑い合う声が、放課後の校舎に響いた。


 それから数日後。

 陽葵のスマホのメモアプリには、新しいページが作られていた。


 タイトルは【次に瀬戸くんに会った時に言いたいこと】。


 そこには相変わらず、送信される予定のない“甘すぎる下書き“が溜まっていく。


 でも、今の陽葵は知っている。

 下書きが完璧じゃなくても、想いは溢れた瞬間に、一番甘い味になるのだということを。


 春の気配を帯びた風が、今日もメモアプリの文字を優しく揺らしているようだった。




             〜〜〜おしまい〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です!

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