第27話:裏切られた守護神。黒龍の悲劇と歪んだ「打起精神」
「一生懸命やったのに、裏切られた」 「優しくしたのに、傷つけられた」
そんなとき、私たちの心には激しい怒りと、何にも頼らない強さを求める「闇」が生まれることがあります。 かつて慈悲深い守護神だった黒龍が、なぜ恐ろしい魔王へと変貌してしまったのか。 その悲しき「打起精神」の真実に迫ります。
黒龍の領域に近づくにつれ、空気は冷たく、鉛のように重くなっていきました。
草木は枯れ果て、生き物の気配すら絶えたその荒野を歩きながら、蒼龍くんは村の長老から聞いた黒龍の「ある事件」に思いを馳せていました。
かつての黒龍は、誰よりも慈悲深く、森の生き物や村の人々を慈しむ守護神でした。
その鱗は夜空のように深く、温かい光を湛えていたといいます。
しかし、ある凄惨な旱魃の年、悲劇は起きたのです。
数ヶ月も雨が降らず、大地はひび割れ、子供たちは飢えと渇きに泣き叫んでいました。
見かねた黒龍は、天の掟を破る覚悟で、自らの生命力そのものを削り、雨を降らせようと試みました。
七日七晩、彼は空を舞い続け、ついに命がけの恵みを降らせたのです。
しかし、力を使い果たし、薄れゆく意識の中で黒龍が目にしたのは、雨に歓喜する人間たちの中に芽生えた、どす黒い欲望の光景でした。
「龍の肉を喰らえば不老不死になれる。鱗を剥ぎ、血を啜れば神の力を手にできる」
飢えが生んだ悍ましい迷信が、瞬く間に村を支配していったのです。
地に伏していた黒龍を待っていたのは、感謝の言葉ではありません。
冷酷な刃と、欲望に血走った人間たちの瞳でした。
「なぜだ……。私は、お前たちを……」
信頼していた者たちに裏切られ、生きたまま鱗を剥ぎ取られる激痛。
その時、黒龍の心の中で何かが決定的に、音を立てて壊れました。
(……待って。このお話、どこかで……)蒼龍くんは歩みを止め、目を見開きました。
それは、お山の草原でゴロゴロしていた頃、玄龍さまが静かに語ってくれた「おとぎ話」とそっくりだったからです。
「昔々、とても優しい龍がおってな。人々を助けるために一生懸命に雨を降らせたが、人々はその優しさを忘れてしまったんじゃよ」
あの日、玄龍さまが寂しそうに目を細めて語った昔話は、決して作り話ではありませんでした。
それは、玄龍さまがその目で見届けてしまった、親友の残酷な真実だったのです。
「慈悲など無意味だ。信じられるのは、誰にも奪われない圧倒的な『力』のみ……!」
絶望の底から立ち上がった黒龍は、もはや守護神ではありません。
世界への激しい憎悪を燃料とした、「魔王」としての再起。
本来、落ち込んだ心を奮い立たせ、清々しく立ち上がるための強いエネルギーである『打起精神』。
しかし、彼の場合、その全霊は「復讐」と「支配」へと注ぎ込まれてしまったのです。
闇の炎を噴き上げて立ち上がるその姿は、周囲を救うためではなく、自分を傷つけた世界をねじ伏せるための、歪んだ決意の象徴でした。
「力こそがすべてだ。弱者は踏みにじられ、強者だけが正義を決める。余が、この世界の絶望そのものとなろう!」
その日から、黒龍は闇を纏い、孤独な王座へと君臨することになりました。
(玄龍さまが、ずっと胸にしまっていた悲しみ。黒龍が、ずっと抱え続けてきた痛み……)
蒼龍くんの胸は、締め付けられるように痛みました。
黒龍が今放っている禍々しい闇は、かつて彼が流した血と、裏切られた涙の結晶だったのです。
(黒龍も、最初から怖かったわけじゃないんだ。立ち上がるためのエネルギーを、絶望のせいで使い間違えてしまっただけなんだ……)
「間に合わなかった」
昔話の最後に呟いた玄龍さまの言葉を思い出しながら、蒼龍くんは黒龍城を目指して歩き続けるのでした。
打起精神。
本来は、沈んだ心を打ち直し、清々しく立ち上がるための清廉な力です。
しかし、黒龍は人間たちの裏切りという凄惨な業に対し、復讐という形での報復を選択しました。立ち上がるための莫大なエネルギーを、世界をねじ伏せるための燃料へと変換してしまったのです。
これは絶望による悲劇であると同時に、彼自身が選んでしまった「力への依存」という、独りよがりな道でもあります。過酷な境遇を理由に闇に堕ちることは、自身の不誠実さを正当化する責任転嫁に他なりません。
次回、蒼龍くんは戦うための眼を捨て、真実を見通すためのさらに過酷な眼を開こうとします。
合掌




