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手紙

掲載日:2025/11/11

 しつこい残暑がようやく終わった頃、僕の祖父は亡くなった。脳梗塞だった。


特段口数の多い人ではなく、昭和の人間らしい頑固なところがある人だった。


父さんは祖父によく悪さをしては拳骨を食らっていたようで、そのことをいつも僕に語って聞かせていた。そんな父さんは拳骨こそしていなかったがよく怒鳴ったので似たもの親子だなと思う。


祖母を亡くしてからの祖父はあまり社交的ではなかったようで、四国のどこかにある家で独りで暮らしていた。


たまに僕達家族が遊びに行った際には自分でかなり本格的な和食料理を作っては嬉しそうに振る舞ってくれた。


親父曰く、祖母が健在だった頃は料理などする人ではなかったためとても意外だったという。


 僕は今、そんな祖父の実家へ遺品整理に来ていた。親父も母さんも都合が悪くて来れないというので独りでだ。


家へ入ってみると、祖父が亡くなった時から手がつけられていないにしては随分と片付いている。


電気ガス水道はまだ解約していないようで使えるとのことだ。


僕は取り敢えず埃っぽい床に掃除機をかけた。


まだ太陽は高い位置にあったのでこの際家全体をしっかり掃除することにした。


祖父の家は木造の2階建てであり、築50年は超えた御老体だ。歩くたびにぎいぎいと音を立てる。


1階の掃除を終えたので、2階へと向かう。


2階には祖父の書斎がある。


書斎に入ると随分すっきりしていたが、机の上に何か紙が置かれ、鉛筆で留められていた。


見ると手紙を送るための便箋であるようだった。


更に横には何かメモ書きのようなものが残してあった。


メモにはこうあった。


"もし机の上に便箋があるなら、それを中章亮平という人に渡して欲しい"


太一は中章などという苗字の人間に全く心当たりがなかった。


祖母が亡くなってからというもの、祖父は自分が生まれ育った県を離れようとしなかった。


親父が何かあったら心配だからと何度言っても動かなかった。


であるならば、この中章亮平という人はこの町のどこかにいることは明白だった。


太一は便箋を封筒へ入れ、中章亮平を探しにいくことにした。


 中章亮平という人物は案外すぐに見つかった。 


近所の人達に聞き込みをしたところ、10件ほど先の家に住む爺さんであることがわかった。


田舎というのは実に狭い世界のため、こういう時は非常に助かるものだ。


中章亮平の家へ着くと、そこは祖父の家とあまり変わりない古びた家だった。


インターホンを押してみると、禿げ上がった老人が出てきた。


「おや?どちら様ですかな?ここらでは見かけない方ですね。」


老人の物腰は柔らかく、勘太への敵意は一切なかった。


「祖父から中章亮平さんへ届ける手紙を預かっていまして。あなたが中章亮平さんですか?」


「ええ。私が中章です。あなたのお祖父様が?見せてもらえますか?」


そう言われ太一は老人に手紙を渡す。


「わざわざありがとうございます。立ち話もなんですから軒先で休まれてはいかがですか?年寄りというのは寂しいものですから話し相手が欲しいのです。」


太一は老人の誘いに応じて軒先で一緒に茶を飲むことにした。


横に座った老人は老眼鏡をかけて震えを含んだ手つきで便箋を取り出した。


便箋を開き、ゆっくりと読み進めていく内に老人の頬を涙が伝った。


太一は何故この老人が祖父から送られた手紙でこれほどに涙を流すのかよくわからなかった。


「失礼かもしれないのですが、何故泣いていらっしゃるのですか。」


太一は問いかける。


「これはこれは客人の前でお恥ずかしい。貴方のお祖父様と私の関係について、どうやら貴方はご存知ないようですからお話致しましょう。」


それから老人はゆっくりと話し始めた。


「貴方のお祖父様は最愛の人を亡くされてからお沈みになられていた。それで私は彼に私の好きなことでもあった料理について教えていたのです。お祖父様は上達が早く、その中でいつしか私達2人は友として共に過ごす時間が増えていきました。」


老人はあの頃を懐かしむように遠くを見つめる。


「ですが、今から半年程前にほんのささいなことで激しく喧嘩をしてしまいまして、それ以降私達は共に過ごすことが無くなったのです。」


太一はそれを聞いて思ったことを言った。


「喧嘩したからってまたお互いに非を認めてまた友達を続ければ良かったんじゃないですか?」


老人はそれを聞き、悲しげに語る。


「残念なことに歳をとってくるとそれは難しくなってくるものなのです。貴方は実に若いですから喧嘩をしても関係の修復は十分に可能ですが、我々老人ではそう簡単な話ではないのですよ。」


太一はそういうものなのかと思ったが、それ以上は何も言わなかった。


「お祖父様は私への手紙で何を書いてきたと思いますか?」


老人は問いかける。


「仲直りするための謝罪?」


太一はなんとなくそう答えたが、


「半分当たっていますが半分はハズレです。」

老人はそう答える。


「彼は自分が先に死んでしまうことの謝罪をしてきたのですよ。勝手なものです。」


太一は祖父の送ったその文についてあることに気づく。


「ねえ、中章さん。うちの祖父は仲直りしたかったんだと思いますよ。嫌っている相手にわざわざ手紙なんて書きませんもの。でも祖父はこれを自分で送る勇気が出なかった。臆病な人です。」


太一の言葉を咀嚼しながら、老人は話す。


「臆病ですか・・・。お祖父様が臆病であるならば私もそうだと言えるでしょう。半年間1度も彼と連絡を取ろうと勇気を振り絞らなかった。少しでもそれができていればここまで空虚な別れにはならなかったでしょう。」


老人の言葉には後悔がにじむ。


「ねえ、中章さん。祖父のお墓はこっちに置くことにしたんです。祖父がずっと離れたがらなかった土地だったから。祖父が離れたくなかった理由には中章さんの存在だってきっとあったと思いますよ。」


太一の言葉に老人は少し救われたような顔をした。


「そうですか・・・。あの方がそんな風に・・・。」


「お墓ができた時にはまたこちらに来てお知らせしますから。祖父と中章さんでゆっくり話してください。」


「ええ、是非。」


その後、中章さんと別れた僕は祖父の部屋の掃除を完了し、我が家へと帰った。


そして墓が出来上がった日に再び中章さんの元を訪れたが、その家にはもう中章さんはいなかった。


中章さんの近所の方に聞いたところ、昨日の晩に脳梗塞で亡くなったと聞かされた。


祖父と中章さんは仲直りできたのだろうか。


だが、楽しくやってはいるだろうと思う太一であった。

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