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7 生きる理由




 光が降り注ぐ空間にいた…―――



 どうしよう……。思考回路が停止中。出来るなら現実逃避したい。



『……アナタハ、ダレ?』



 一香に、英朗としての存在を全否定されてしまった。



「……」



 これから、どうすればいいんだろう? ボクが生きることが出来る空間は、ここしかないのに……。


 ボンヤリと鈍い頭の中身を、無理やり動かしてでも、何か、を考えなければ、ボクは用なしになってしまう。


 どうしよう………、思考がループ状態だ。



「こんな時間に図書館だなんて、めずらしいね、ヒデロウ」



 不意に背後から声がしたなと思ったら、ゆっくりと大きなストライドでボクの前に回りこむ影が目の端に映る。確認しなくても、すぐわかる。



「イズル……、ヤバイかもしれない」



 ゲームだなんて、とんでもない話だ。



「……例えば、どんな風に?」



「例えば……」



 ボクの存在価値が、ゼロになってしまった、くらいに? ボクは、言葉に出来なくて、あえて心で語って見せた。



「……存在価値がゼロ?」



 イズルは楽しそうに、ボクを覗き込んで言う。


 ボクは黙って頷いた。



「それは何故?」


「一香が、ボクを英朗と認めなかった」


「……まだ、ゲームオーバーじゃないよ?」



 余裕の笑みで、イズルは言う。


 何を根拠に!? 一香はボクに、英朗との違いしか見出さなかった。



「これじゃ、戦えない!」



 思わず叫んでしまったボクに、周囲は冷ややかな視線をくれた。



「……っ!!」



 マズイ、図書館だった。慌てて口を押さえて、ボクは小さくなる。イズルは、ボクの隣に座り、小声で話し出す。



「絶望する必要なんてない、君は英朗のクローンなんだから」



 確かに、クローンだけど……。



「クローンは、同じじゃない」



 ボクはヒデロウであって、英朗ではない。



「うん、そうだね? ……だから、君を作ったんだよ」


「えっ?」



 最後、イズルの声が、小さすぎて聞き取れなかった。



「いや、……なんでもない」



 昔の事だよと、イズルは寂しそうに呟いた。



「クローンだから同じではないけれど、クローンじゃなきゃ代わりにはなれない」



 ヘタクソな、英文和訳みたいな言葉。



「……わかんないよ」


「一香ちゃんは、英朗と違う所だけではなく、彼じゃなければしない、彼だからする行動や言葉も、この数ヶ月間で、ヒデロウの中から見い出したはずだよ?」


「……」



 じゃあ、何で……。違うとか、あなたは誰? とか言うんだよ?



「信じたいのに、その人がぎこちなくて、不安になったんじゃないかな?」


「……ぎこちなくて悪かったな」



 サラッ、とKISS出来る英朗なんて、ボクの遺伝子の中には、入ってないみたいだ。


「英朗も、初めての時は、そんな感じだったらしいよ?」


「……見たの?」



 過去の二人の映像とか。



「ちゃんと聞いたんだよ、昔、本人からね?」



 しれっと、言うイズルの横顔は、寂しそうに、でも懐かしそうに笑っていた。



「これから、どうすればいい?」


「別に、変わらないよ? そのままの君でいけばいい」



 って……?



「あんな風に泣かれたのに!?」


「……じゃあ、プロポーズでもしたら?」



 はぁっ? 意味がわからない。どうしてそうなるんだよ?



「一香ちゃんは、不安なんだよ、だから安心させてあげればいい」



 イズルは、いつものやわらかい笑顔のまま言った。



「……英朗じゃない、ボクが?」


「大丈夫、彼女は君を英朗じゃない、と否定すればするほど、君の中に見える英朗を、否定出来なくなる」


「……」



 ボクの中にある英朗?



「そう、どんなに君が英朗と違っていても、君の持つ彼の遺伝子から出る、偶然の行動は、彼女の中に刻み込まれた英朗の記憶の中で、無視できないモノになっていく」


「……」



 ボクは、イズルのこれまでの言葉たちを、初めて理解したのかも知れない。そのままのボクでいいと言う意味を。



「……本当は、嬉しかったんだろ?」


「……っ」



 見透かされるのにも、もう慣れた。もう十年も、一緒にいるんだから……。



「……うん」



 絶望を感じながらも、心の何処かでボクは喜んでいたんだ。


 だって……、一香は、英朗ではないボクを、きちんと認識してくれたのだから。英朗の中に隠していたヒデロウを、きちんと違う! と言ってくれた。


 そして今、ボクは一香との未来にやっと、希望を持つことが出来ると思った。



「一香ちゃんの英朗の記憶は、六年前に止まっている、記憶は薄れて更新される、ヒデロウが英朗を演じながら、少しずつヒデロウに戻ればいい」


「うん……」



 英朗の経歴をもらったまま、ボクはヒデロウへ戻ることが出来る。



「そうしたら、ボクの生きる理由がなくなってしまうな」


「そんなことはない、たくさん見つけることが出来るよ? 今度は自分の手で」


「……自分の手で?」



 まるで、理由なく生まれてきた、他のオリジナル達と同じように?


 本当に、そんな未来が来るんだとしたら、嬉しいな……。



「それに、これから親友の行なうプロジェクトを支えると言う、大事な使命があるしね!」



 親友?



「誰それ?」



 今までされたイジワルを、何倍にでもして返してやりたい気分でボクは言った。



「……ヒデロウさん、反抗期ですか?」



 育て方、間違ったかな? とか呟くイズルを冷ややかに見て、ボクは極上のジョークをお見舞いする。



「きっと、育てた親に似たんだよ?」



 破顔一笑して、彼は、ボクの頭をグリグリといつまでも撫でてくれた。


 本気で痛かった……。



 次の日…―――



 一香を図書館へ呼び出した。


 昨日の絶望感は、まだ、残っていて怖いけれど……。


 高い天井に合わせた、縦長の窓の向こうから(けやき)の葉を通した幾つもの日の光が、館内に降り注ぐ。初夏の陽射しを浴びた若葉が、輝くように風に揺れる。


 斜めに降り注ぐ光を、二階の席で時折見つめながら、ボクは本を読むのが好きで、なんとなく、この場所を選んでいた。


 15時に待ち合わせ、時計は10分前を指している。まだ、一香は来ていない。


 ボクは、まったく頭に入ってこない、インテリアの写真集を膝の上に置いたまま、ボンヤリと館内に降り注ぐ木漏れ日を見つめていた。


 右手には携帯電話、左手にはストラップのクマ。指は、しっかりとクマの中のモノを確認している。


 なんて切り出せば、いいんだろう……。



「―――…何で、よりによってここなの?」



 声の方に顔を向けると、目を赤く腫れさせた一香がすぐ後ろに立っていた。



「ボクの好きな場所だから?」


「……知ってる、ずっとここで待ってたんだから!」



 えっ!? それってもしかして……、英朗も?



「……」



 そう言えば、初めて連れて来られたのは、父親だと思っていた英朗とだった……。


 気付いたら、お気に入りの場所になっていた。



「……待っていてくれて、ありがとう」



 ボクは、昔良く見ていた、英朗の笑顔を思い出して、一香を見上げた。



「……!?」



 ボクの笑顔を見て、一香は目を見開く。


 ゴメンね一香、ボクは、腹をくくってしまったんだ。ボクは、ボクの望む未来をつかむ、その為にもう、迷うことも、ためらうこともないだろう……。


 たとえ、君を一生だますとしても……。



「座らないの?」


「……っ、座る」



 一香は、おずおずと、ボクの隣の席に腰を下ろした。



「……昨日は、ごめんなさい、酷いことを言っちゃって、……どうかしていたみたい」



 椅子の上で、ちょこんと小さくなる一香は、とても可愛く見えた。



「……仕方ないよ、こんな身体じゃ、三十代のおじさんには、中々見えないしね」


「そんなっ! ……ごめん、なさぃ」



 更に小さくなって、一香はうつ向いてしまった。



「……」



 あの言葉で、一番傷付いたのは一香自身かも知れない。



「……今日は、一香に言わなければならないことがあって、呼んだんだ」


「!?」



 一香は、弾かれるように、顔を上げた。



「……また、会えなくなる、の?」



 一香の顔は、明らかに脅えていた。


 こんなにも愛されていた英朗に、申し訳ない気持ちでボクは一香を見つめた。



「近いうちに、空の研究所へ行くことになる、多分イズルも一緒に……」


「……えっ?」



 固まる一香を見つめて、ボクは、緊張で震える指先で、クマのストラップチャームの背中を開けて、中身を取り出すのに必死だった。


 つくづく英朗って男は、カッコつかない遺伝子の持ち主らしい……。


 やっと取り出したモノが、緊張した指先でスルッと、落ち、小さな金属音をたてて一香の足元へ転がった。


 慌てて拾おうと、手を伸ばしたら、リーチの差で一香に拾われてしまった。


 うわぁぁぁ~っ!!



「……英、朗、……コレ?」



 カッコ悪い……。


 ボクは赤面状態で、リングを持った一香の左手を握り締めた。


 こうなったら、、もう行くしかない!!



「……いっ、一緒に、空の研究所に、来て欲しいんだ!」



 一香は、豆てっぽう食らった、ハトのようにボクを見つめた。



「……えっ?」



 握りしめた手のひらから、ぶあぁぁ~っ、と汗が吹き出てくる。



「ボクと、スカイドーム・アクアパレスで、一緒に暮らして欲しいんだ」


「……」


「空の研究所へ行ってしまうと、もう何時帰って来れるかわからない、だから、一香を連れて行きたいんだ、……ボクの奥さんとして」



 昨日必死で考えた言葉を三段階もすっ飛ばして、ボクはプロポーズをしてしまった。なんてカッコ悪い、一世一代の勝負なのに、どうしてくれるんだ?



「……ん、で?」



 信じられないと、見開かれた大きな目が揺らぎ、唇が震えはじめ、クシャッと声を殺して泣きはじめる。



「……この指輪、六年前に用意してたけど、渡せなかったんだ」


「!?」


「受け取ってくれる?」



 一香は泣いたまま、答えてくれない。



「……」



 どうすればいいんだ? この状況。


 まわりはザワついて来たし、一香はめちゃくちゃ泣いてるし、ボクは、明らかにプロポーズな指輪をもった一香の手を離せないでいる。はたから見たら小学生が、年頃のお姉さんにプロポーズなんかしているビックリな状態だろう。



「……」



 ツライ……。場所、変えたくなってきた。



「……一香さん、ダメならボクはこのまま帰るし、OKなら……」



 一香の手を握っていた手を片方外し、ボクは、用意してた綺麗なハンカチを差し出して、一香の顔を覗き込む。



「?」



 驚いて、彼女はハンカチを受け取る。



「……OKなら、一香さんの大好きな夕食と朝食用意するから、ボクの家に泊まったりしませんか?」


「……っ!?」



 一香の真っ赤になった顔と目が、ズルイ! とボクを睨んだ。



「……と、まる!」



 その顔が……。たまらなく愛おしくて、思わず腕が、彼女を抱き寄せてしまう。リーチのない、ボクの腕で精一杯、愛しい彼女を抱きしめた。


 ここが図書館だということも忘れて。遠巻きにして、ザワついているギャラリーは、もう見ない、聞こえない。


 胸がいっぱいなキモチって、こういう感じを言うんだろうな……。



「……」



 さっきとは打って変わって、暖かいキモチが、ボクの中で広がっていた。


 全部もらっていくよ?



 英朗…―――



 君が残した大事なモノを、全て残さず。



「連れて行くよ? 一香、空の研究所へ」



 一香の腕が、ぎこちなくボクの背中を抱きしめる。



「……はい」



 連れて行くよ?


 空の城、スカイドーム・アクアパレスへ


 そして、一緒に歩いていこう。


 ボクが望む


 ボクの瞳に映る、未来へ…―――











 Fin




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― 新着の感想 ―
∀・)なんという素敵なラブロマンスなのでしょう。それでいてうんとしっかりしたSF。約2万文字というボリュームがあっという間に過ぎてしまったのは「とても楽しい作品だったから!」で違いはないでしょう。英朗…
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