表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

5 消える少女




 つ、疲れた…―――



 近代的なコックピットの中、まだマバラな居住区と個々に散らばった研究ドームを全て回った。数少ないクルーに、イルハの顔を覚えさせる為に。


 直接人に見られたり、話をするのは、メディアに出るより疲れることだとわかった。戻ってきたイズルの研究室のソファに、ボクはバタッと、身を投げる。



「お疲れさま……」



 そんなボクを見下ろして、イズルはやさしく笑う。



「こんなに長い時間人と話したの、初めてだよ」


「今、ジュースでも持って来るから、休んでおいで?」


「ん〜……」



 オレンジジュースが、いいな……。ぼんやりと頭の中でボクは思う。



「一応探してみるよ、オレンジジュース」



 行きがけに、しれっとイズルはそう言った。



「また読んだな……」



 こう言う時は、便利だけど。



「……」



 頭が少しクラクラしていたから、目を閉じて寝返りを打つ。うっすらと人の気配がして、目の前が陰った。どうせ、イズルだろうと思って、片目だけ開けてチラ見する。


 ボクを覗き込んでいる、小さな影?


 見ると、くりん、とした大きな目に、さらさらの肩までのストレートヘアの女の子。


 えっ? 女の子???



「……う、うわぁっ!?」



 ソファの上に慌てて飛び起きて、後ずさりながらボクは、その女の子を見上げた。



「―――…だっ、誰!?」



 スカイドーム・アクアパレスの住人? それとも、イズルの研究のサンプル?



「イルハくんだ」



 女の子は、ボクの質問に答えず、ぽつりとボクの仮の名前をつぶやいた。少女と言っても、ボクよりは少し年上に見える。この子がここにいると言うことは、取り合えずイルハでいた方がいいのかも知れない。



「……はい、イルハです」


「わたしは鈴野香奈、十四歳中二だよ! イルハくんて本当に十歳?」



 なんで、そんな質問をするんだろう? コックピットや居住区では、シルディオの予言のことばかり聴かれたのに……。



「……うん、十歳です」


「動画で見るよりも、大人っぽいね?」



 人なつっこく笑う少女の顔に、どう対応していいのかわからない。


 自分のことを聴かれるなんて……。



「……」



 困った、なんて言えばいいんだ? 大人っぽいって、いいことなのか? 悪いことなのか?


 どう反応していいのか、わからない……。でも何か話さなきゃ!


 イズル、頼むから、早く帰って来てくれよ。



「そ、……そうでも、ないよ?」



 ボクの言葉に、鈴野香奈と名乗る少女は目を丸くした。



「……イルハくん、て、女の子苦手?」



 いっ!? 質問の難易度が、更に上がった気がした。一香以外の異性と二人きりになるのは、初めてだったから。えーっと……。ボクはなんとか頭を回転させる。



「全然、苦手じゃないです!」



 もう、かなりイッパイいっぱい、だ。身体中が、熱くなってる。



「ぶっ! あははは……」



 吹き出すように、少女は笑い出す。


 混乱した。ボクは、変なことを、言ったのだろうか? と言うか、鈴野香奈の方が十分変だけど……。


 こんな時間に、パジャマなんて着てるし。何なんだ? この子は、イキナリ現れて……。


 って、……あれ? イキナリ?


 そう言えば、この子、ドコから来たんだろう? 関係者の家族? でも、まだスカイドームアクアパレスは、セキュリティがやっと緩くなった場所、家族なんてよべる段階じゃなかったはず。


 植物に囲まれたイズルの研究室を、ぐるっと、見回した。入り口っぽい所は一つだけ……。足音も、なかった?


 もしかして、イズルと同じ能力者だろうか?



「……きみ?」

「あっ、イズルさん!」



 少女の声のトーンが、明らかに高くなった。



「いらっしゃい、カナ」



 飲み物を持って来たイズルは、柔らかく少女に微笑みかける。トレイにはなぜが、三個グラスにオレンジジュースが入っていた。まるで、この子がいるのを知ってたみたいに。


 オイオイ、ホント性格悪いよ……。



「いつもより、早い時間だね」


「今日、熱出して学校休んじゃったみたい」



 パジャマ姿の少女は言う。


 だからパジャマなのか? 熱が出てるなら、こんな所にいるより家で寝てなくていいのかな?



「これを飲むと良くなるよ? ビタミンたっぷりの100%オレンジジュース」



 イズルは、持ってきたジュースの一つを少女に差し出した。



「ありがとう、飲んでも大丈夫かな?」


「うん、ここにいる時は、ちゃんと現実だから、飲むことも食べることも出来るよ」


「よかった、いただきま〜す!」



 二人は、意味不明な会話を交して笑っていた。


 少女は嬉しそうにオレンジジュースを飲んでいる。仲がいいのは分かったけど……、この子はいったい何者なんだろう?



「お待たせ、ヒデロウ」



 イズルは、あたり前に、本名でボクを呼んだ。


 あれ? イルハじゃなくてイイのかな?



「ありが、とう……」



 ボクはまた、混乱した、少女の存在に、イズルの特別な対応に。イルハを演じなくて、イイの?



「ヒデロウは、ゆっくり休んでて、あと、カナを見ていて?」



 見て、いて?


 小声でイズルはそう言うと、ソファにボクを残したまま、カナと名乗る少女と話し始める。今日あった、たわいもない彼女の日常、一香と同じ飛び飛びの話を、イズルは和かい笑顔で聞いている。


 よく耐えられるな……。


 本気でそう思いながら、こうやって聞けばイイのかと、学習する。



「あっ、時間切れだ……」



 不意に、残念そうな少女の声が響く。



「今日は、やっぱり早かったね……」



 同じく、残念そうなイズルの声。



「イズルさん、またね、イルハくんもまた話そうね!」



 カナと言う少女はそう叫ぶと、手を振りながら、ゆっくりと消えていった。



「……!?」



 えぇっ!? 消えた!!??


 あわててイズルを見上げても、ただにこにこと笑っているだけで説明さえないし。ボクは何も言えず、消えていく少女を見つめた。


 いきなり現れて、いきなり消えるだなんて、やっぱり、鈴野香奈はへんな女の子だった。





「消える少女?」



 忍との定期健診の日…―――



「うん、スカイドーム・アクアパレスのイズルの研究室で見たんだ」


「……聞いたことないな」



 イズルはまた、例のごとく何も教えてくれなかったし。ボクは、ベッドに横たわったまま、デターを取られている最中だった。



「確か、……カナ、鈴野香奈って言う名前だった」


「鈴野香奈!?」



 めずらしく、忍が大きな声を上げた。



「知ってるの? 忍」


「……」



 忍は、いつも持ち歩いている黒い手帳から、一枚の写真を取り出して、ボクに見せる。そこには昨日見た、鈴野香奈らしき少女が写っていた。


 でも……。



「……確かに、この子だったと思うんだけど、もっと幼かったような気がする」



 確か十四歳だって言っていた、ボクと四つ違い。この写真の少女は、髪も長くて少し落ち着いて見える。



「十六歳の、鈴野香奈の写真だ」



 えっ!?



「十六歳の鈴野香奈!?」



 な、なんでそんなモノが?



「今、十四歳なのに???」


「あぁ、……かなり昔、兄さんが俺にくれた写真なんだ」


「かなり前でも、今でも、とりあえずコレはあのコの未来の写真、だよね?」



 イズルは何の為に、ボクと彼女を会わせたのか、何故、忍が彼女の未来の写真を持ち歩いているのかが、わからない……。



「たぶん二年後、俺と香奈は会うらしい……、十六歳の彼女に、俺は会うみたいだから」


「そう、イズルに言われたの?」


「あぁ、その時、彼女に手を貸してやって欲しいと、写真をもらったずっと昔、兄さんに言われたことがあった」



 ずっと昔に伝えられた未来。忍はどんな気持ちでソレを聞いたのだろう?


 綺麗に保管されていた、鈴野香奈の写真を、ボクはもう一度見つめた。



「イズルはどうやって、この写真を手に入れたンだろう?」


「……念写」



 えっ?



「ねんしゃ? て、何?」


「……確か、頭に浮かんだ画像を、こう言う写真用の印画紙に、自分の念の力で焼きつけること、らしい」


「……」



 相変わらず常識外だな……。イズルはいったい、幾つの能力を持っているんだろう?


 ずっと昔に、十六歳の鈴野香奈の、こんなに鮮明な画像が頭に浮かび、写真にまで残しているなんて……。



「―――…エサンダゥカシェ」


「えっ? ……エサン、ダ?」



 何だ? そのカミそうな言葉?



「エサンダゥカシェ、【3番目の鍵】を持つ少女、だって言っていた」



 【3番目の鍵】を持つ少女?



「……いったい何の鍵を?」


「わからない、でも、彼女に会う前に、その存在は全てに知らされると、兄さんは言っていた」



 全てに香奈のことが知らされる?


 何のために? どうやって?


 本当に、わからないことだらけだ。


 唯一わかるのは、それが全て、二年後に起こる、ある事件とNOAが関係していると、言うこと。


 彼女はきっと、重要な鍵を持っている子なんだろう……。


 でも、イズルはなぜ、あの日の最後にボクと香奈を会わせたんだろう? ボクが香奈と出会っても、何が出来るワケでもないのに……。



 わからない…―――



 イズルは向かう未来で、いったい何をしようとしている?





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ