1 ヒデロウと英朗
「―――…次は、今年始めから突如現れて、メディアを賑わし続ける、今世紀最大の預言者、シルディオさんからの手紙です!」
薄暗いスタジオの端で、ボクは呼ばれるのを待つ。
ステージのようになっているスタジオ中央に、大きく映し出された映像に合わせ。司会者が、シルディオの今まで当ててきた予言たちを、実際のニュースを交え、いかに当たっているかを解説している。
翌日の意外性のある天気のように軽いものから、とある県で発生する工場の爆発。外国の大物政治家の急死。一ヶ月後の大きな地震など……。
目の前で予言が当たっていくのを、ボクは嫌なぐらいに見てきた。当たるとか当たらないとか、信じるとか信じないじゃない。
シルディオは、自分が見た未来に起こる現実を、そのまま言葉にするのだから……。
ボクのオリジナルの死さえ、彼は予言していたのだ。だからボクは十年前に作られ、英朗の代わりとして、こうしてここにいる。
「……さん? イルハさん! 出番ですよ?」
呼ばれ慣れない名前と肩を揺さぶられて我に返ると、スタジオ内の観客席から拍手が鳴り響いていた。中央に立っている司会者が、少し困ったようにこっちを見ているのがわかる。
ボクは、小走りに、司会者の傍まで行った。
「あらためて紹介しましょう、預言者シルディオさんからの手紙を読んでくださる、イルハさんです!」
イルハ、とは名前ではなく【使者】と言う意味を持つ言葉だと、シルディオから教えられていた。
彼は、時々どこの言葉か分からない言葉を隠語のように使う。
ボクが無表情でお辞儀をすると、スタジオ内に響き渡る拍手が、さっきの倍の大きさで耳に入ってきた。
「今日、私は、預言者シルディオから、三つの予言を預かってきました」
三枚に折られた便箋の、一枚目に読む色を封筒から取り出して、ボクは読み始める。番組のことを考えて、最初に軽い内容、順に重い内容になるように打ち合わせ済みだった。
ただ、その内容は当日ではないと明かせられないし、しかも生放送限定の内容だ。
十歳の子供の口から、信じられないほど当たる予言の言葉を聴く、と言うセンセーショナルなパフォーマンスに、視聴率は常に40%を超えているらしい。
この一年で、一人でも多くの人間に預言者シルディオの名前を覚えさせる。と言う彼の思惑は、きっと、その通りに進んでいくだろう。
今年に入ってすでに三回、ボクは、大小ある動画メディア番組に出て、手紙を読んでいる。シルディオにとってそれは、彼の中の複雑に絡み合ったシナリオの一説にすぎない。
ボクは、あくまで淡々と予言を読むふりをする。
動画メディアの向こうの、視聴者の中で、この仕掛けられた巧妙な罠に、はたして何人の人が気付くことが出来るだろうか?
「お疲れ様、今日もいい感じだったよ」
出番が終わって…―――
「イズル……」
用意されている楽屋に戻ると、白衣を着たままのイズルが、ゆっくりと振り返り、人差し指を口元にあてて笑った。
「今、その名前で呼んじゃ駄目だよ」
見上げるほどの長身に、整った天使みたいな笑顔。色素の薄い柔らかいくせ毛をくたびれた白いリボンで束ねている。
「……めずらしい、シルディオが楽屋に来るなんて、何かあるの?」
「さすがヒデロウだね、……そう、今日は、セキュリティが甘くて、君の身に危険が迫りそうだから、迎えに来たんだよ」
当たり前のように言って、彼は右手をボクの目の前に差し出す。
「危険って、どのくらいの?」
ボクは少しだけ、差し出された手を取るのを、ためらいながら聞いてみる。
「うーん、二度と一香ちゃんとデート出来ないくらい、かな?」
よりによってソレかよ……。
「……わざと言ってる?」
「悩んでいるのは知ってるけど?」
「……っ」
にっこりと笑って、イズルが見下ろしてくる。いつも思うけど、本当に食えない奴だ。
仕方なく手をとった直後…―――
一時の違和感が、身体を通り抜ける。
目をあけて周りを見ると、すでにボクのいた向かいのビルの、誰もいない路地裏にいた。相変わらず便利な能力だな、と思う。
ドオォォゥゥッ……!!
爆音が、目の前に立つビルの窓の一つから轟く。
「……アレ、さっきまでボクがいた場所?」
「まぁ、そうだね」
ギリギリのタイミングじゃないか……。
「本当、性格悪いよね?」
「心外だな、ちゃんと迎えに来たのに、コレも次回の宣伝になるからだよ?」
はぁ……? マジでコイツだけは敵に回したくないな……。
出会って七回目…―――
いや、再会して、五回目のデート。一香とのデートで一番キツイのが、街中を歩く時だ。
どんなに英朗の振りをしても、十歳と言う年齢と身長は世間の目から、なかなか恋人と認められはしない。二十五歳の一香と十歳の自分。
それでも一香は嬉しそうに手をつなごうとしてくる。
恥ずかしくは、ないのだろうか? これじゃあまるで親子か、叔母と甥だ……。
六年前…―――
英朗の所属する研究チームは、所属しているプロジオ研究所から極秘の重要な研究を任され、ほぼ外界から隔離状態になった。
二年前…―――
所内で起きた大量暗殺事件。
巻き込まれ重症だった英朗は、親友と親友の弟に助けられる。二人は、あらかじめ英朗が作っていたクローンの身体に、本人の脳を移植させるという荒業を、成功させた。
……と、言うイズルの嘘を、一香は本気で信じているのだろうか?
「……」
今日は、映画を見に行くらしい。
「……」
困った……。何を話せばいいのか思いつかない。
一香と、二人きりのデートを始めて五回目。二番目に、これがキツイ。
イズルは、気にする必要ないよ、と言っているが……。三十代と十代の恋愛スキルの違いは明らかで、今のボクで埋められるのか、大いに不安だった。
一香は、ボクの気も知らないで、楽しそうに、たわいもないことを話し続けている。
この人は、英朗のことを、どんな風に好きだったんだろう?
ボクは、初めて会ったときの、イヤ、再会した時の、彼女のボロボロだった泣き顔を思い出していた。
「―――…でね? ……って、もう! 聞いてる?」
えっ?
声の方を見上げると、プクッと見下ろしてくる一香のムクれた顔。
「もう……」
ヤバいっ! 聞いてなかった。ボクは、背筋が冷たくなる思いで、なんとか言葉を探す。
「え、っと、……ゴメン!」
「英朗ってホント、全然そう言うとこ、変わんないよね?」
へ?
驚いて見つめると、一香はクスクスと笑って、怒りもず別のことを話し出す。友達の話から、仕事の話に飛んで、愚痴を言ったかと思うと、今日見る映画の話に変わっていった。
そして、更に続く……。
「……っ?」
混乱した。
これで、いいのか? しゃべんない聞いてない男で???
今のが正解だったの? ……大丈夫か? 英朗……。
『リミットはあと半年だよ?』
頭の中に、イズルとの約束の期限が、彼の声のまま響いた。
この状態で、どうやったら出来るんだよ……。
プロポーズなんてっ!!