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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編まとめ

愛も恋も知らなくても幸せにはなれる

作者: よもぎ

特別な理由などない。

先に産まれた姉のほうが可愛かった。だから私を可愛がる必要はなかった。

後に産まれた弟は病弱で手のかかる子だった。だから余計私に掛ける手間がなかった。


どうしてお姉ちゃんみたいに出来ないの?

どうして弟のことを考えてあげられないの?


そんな責めさいなむ言葉が、本当は与えられるべきものでないことを知ったのは、中学二年生になって出来た友達のお兄さんのおかげだ。

年の離れたお兄さんは、子供だった私たちでは知らない世界を広く知っていて、友達がそっと打ち明けていた私の話から、それは虐待であると示した。

ただ、暴力ではないから、行政に対応してもらうことは難しい、とも。


だから、私は、家を離れられる高校を選んだ。

全寮制で大学へもそのまま行ける進学校を。

友達は全力で応援してくれた。

離れ離れになってもずっとずっと友達だと、勉強を一緒にしてくれた。

いや、離れ離れになる気はなかったのかもしれない。

だって、彼女はそこへの試験を受けた。

親は滑り止めとして受けることを許したそうで、合格した彼女はしかし同じ学校に入学できなかった。

地元の高校じゃないとダメだと怒られたそう。


私は無事全寮制の学校に入った。

入学祝いとして、祖父母たちからスマホを与えられて、祖父母たちとは電話番号を交換した。

両親と姉弟とはしていない。ラインさえ教えていない。

友人とは勿論交換した。



入学して初めての夏休み。

試験の結果が良好なうちは祖父母たちからお小遣いが入るので、それをやりくりしながら寮でゆったりと過ごす。

小言を言われ、姉や弟の失敗を責任転嫁され、世界中の悪いことが私のせいになる家で過ごさなくていいのは本当に楽だ。

それを素直に祖父母たちに伝えたところ、関係が良好だと思っていた祖父母たちも私の妄言ではなく本当のことだと理解したようで、夏休みが終わる頃に電話で謝罪された。


謝ってもらっても、傷付き、臆病になった私の心が救われることはない。

救われたとして、友達とそのお兄さんが救ってくれただけ。

祖父母たちはずっと私の窮状に知らんぷりしていたのだ。

今更?と鼻で笑う他ない。


それでもお小遣いとスマホを取り上げられないために、しおらしく振る舞った。

友達とのラインは楽しい。時々の通話も。





夏休みが明けて、秋の半ば頃には、学校経由で実家から手紙が来た。

私たちが悪かったから戻ってきて皆に説明して。

そもそも悪いことなんかしてないけど謝ってあげる。

これからは普通に扱ってあげるから。

あまりにしゃらくさいので黒のマジックペンで便せんいっぱいに「お断りです」とでかでか書いたものを送った。

そして、実家からの手紙が来ても次からは一切読まずに捨てることにした。

学費は祖父母らが出してくれることになっている。

大学へもこのままなら問題なく進学できる。

高校で出来た友達たちの中には、私と同じような――虐待されて、逃げるようにここへ進学してきた子がいた。

名前はミチル。

名前は満たされているようなのに人生は満たされていない。

それがなんともアンバランスで、体付きも年齢より幼くて。

なんとなく、一緒にいることが多くなった。


ミチルは頭が良い。

私は数学がそんなに得意じゃないけど、ミチルは得意だ。

教えるのも上手なので、放課後はどちらかの部屋に集まって勉強することがある。

試験前はお互いの友達も寄り集まって、放課後の教室で机をくっつけて勉強会だ。

私は歴史と英語が得意なので、その方面で皆に貢献する。

すると、他の科目が得意な子が代わりに教えてくれる。

そうやって過ごしている間に一年、二年と過ぎていく。


祖母から定期的に電話が来るので実家の状況は知っている。

私というサンドバッグを失った実家は、荒れているそうだ。

出来がいいと思っていた姉のメッキは剥げ、体が強くなった弟は乱暴者に育って両親にさえ手をあげる。

父は別にアパートを借りてそこで暮らし始め、母はノイローゼとなりながらも実家の維持をしている。

しかも最近、大学二年でしかない姉の妊娠が発覚したとか。

父親さえ本人も分からないその子供は堕胎させるという。

きっとその方がいいんだろうな、と思った。

あの姉がまともに子育て出来るはずがない。

よほど性格のいい夫がいない限り、家庭は破綻するだろう。


祖父母たちは、私に家に戻る気がないのを理解している。

進路について聞かれた時に、このままこちらで就職すると伝えてあるからだ。

ちなみに祖父母たちの家からこの学校までは高速道路を使ったりして三時間ほどの距離にある。

実家からも同じくらいの距離だ。

なので夏休みに両家の祖父母と待ち合わせてちゃんと話し合っている。

結果、私への謝罪の意味も込めて、就職して生活が安定するその日まで、彼らが支援してくれることに決まった。

それに甘えるつもりはないので、仕事を始めたその年の間に支援を断れるように頑張るつもり。




ミチルはといえば、シングル家庭で一人っ子だったそうで。

親戚との縁もほとんどなかったけれど、母の愛人の一人がミチルの境遇に共感を感じ、ひそかに支援してくれているのだという。

ミチルの母は夜職で、親しい男性は両手の指より多く、そのメンツも固定ではない。

だから今はその人はミチルの母との付き合いはない。

ミチルのことで気持ちが離れたという。それでもミチルを守ってくれているのだから、すごく出来た人だ。

恩義を感じるなら、将来僕の義足を開発でもしてくれよ、と笑うその人は、激しい虐待により足が壊死して切断の憂き目にあったのだという。

そのハンデを乗り越えて実業家として花開き、今は五十代で未婚だとか。


彼は、虐待を受けた子は早くに結婚するか、一生未婚かだと言ったそう。


ミチルも私も結婚するつもりがない。

マトモに育てられていないので、子育てで躓くと分かっている。

ミチルは将来、技師として働くつもりでいる。

私は心療系の医師か、カウンセラーになりたいと思っている。

幸い進学先はそういう系統なので問題ない。


というか、恋愛感情という高等な情緒の育っていない私たちは、どうせなら同棲すればお互い寂しい思いをしないのではないか、という結論に至っていた。

気心が知れていて、寮生活で人と暮らすことに慣れている。

家さえ選べばお互いが快適な距離感で過ごしていけるだろう。


傷の舐め合いだと言う人もいるかもしれない。

けど言わせておけばいい、と、私たちは思っている。

ミチルと私は心の弱い場所を知り合っている。

そして、それでも一人は嫌だと思っている。

だから、お互いがいればいい。そう感じているのだ。


中学時代の友達とはまだおしゃべりする。

けれど彼女では埋められない穴を、ミチルが埋めてくれる。

ミチルには支援してくれているあの男性もいる。

それでいいのだ。

穴だらけの心を持つ私たちは、その穴を少なくして生きていくしかないのだから。





夕暮れ時に降った雨が濡らしたコンクリートを、まだまだ強い夕日が乾かした時特有の風が吹く。

思えばこんな匂いのする季節に私はここへの進学を決意した。


振り向くまでもなく、いつでも私の心には膝を抱えて泣きべそをかく私がいる。

愛されることなく、打ちのめされて、誰にも心を開くことも出来ず甘えることさえ許されなかった子供がいる。


幼い頃の私の傷を、誰が癒せるだろう。

誰にも癒せはしないのだろう。

だから私は、傷を傷として丁寧に扱ってくれるミチルと生きていくのだと思う。

これは愛とかそういうのじゃない。

私たちは愛など知らない。

与えられても理解できない。



だから、そう。


今目の前で私に告白してくれた男子には、すごく申し訳ない気持ちしかない。



「ごめんね、私、人を好きになるって分かんない」



ぽかんとした顔をしたかと思えば、なぜか怒りの表情に変わる。

ごまかすんじゃなくて好きになれないとか言えばいいだろ、とか、ミチルとレズ関係なんだろ、とか言うので、どんどん胸が冷えてくる。

面倒なので聞き流して、もういい?と聞くと、余計怒り出す。

そもそもクラスが違うこのひとが、私を好きになる要素ってどこにあるの?

話した事もないのに。


見た目だけで片思い拗らせるのは勝手だけど、私本人に害を及ぼさないで欲しい。

そう思いながら、鞄につけてあった防犯ブザーの紐をまとめて引っこ抜く。

二つ三つの防犯ブザーがけたたましく合唱する。

困惑する同学年男子。

私はその場で紐を手にしたまま微動だにしない。


うるさすぎてちょっとしか聞こえないけど、吹奏楽部の演奏が止まったのは分かる。

同時に、誰かが教室を見て回ってるらしい足音が近付いてきている。




結果として、同学年男子は三日ほど謹慎になった。

私が大人しい生徒だったのもあって、防犯ブザーを引っこ抜いて騒ぎを起こすほどの事をしたと思われるのは当然のこと。

私も危険を感じて咄嗟に、と説明した。

命の危機か貞操の危機か、それは私も説明が出来ないので困った顔をするより他にない。


で、男子生徒は、告白したけど意味不明な断られ方をして、と、言い訳していたけれど、じゃあ逆上して何かしようとしたのだろうと断定された。

大人の前ではおとなしいけど、人間関係に難ありとされている生徒だったそうで、合算でアウト判定だって。

そんなのに惚れられて逆恨みまでされてる現状、ちょっと怖いけど、同じクラスで部活に属していない生徒は固まって帰ることに決まったので安全は安全だ。

放課後の教室で勉強できなくなったのは残念だけど、寮にも自習室がある。学年ごとに。

なのでそこでみんなで勉強することにしてしまえば、まあ、いいかな?



ミチルもロリコンに狙われた事があるって言うし、愛ってものに対して知りたいとか覚えたいって気持ちが目減りしてく。

中学の友達も、付き合い始めた!って報告から半年もしないで相手が浮気して別れた、って泣きながら電話してきたし。

やっぱり恋愛とかそういうのってろくなものじゃないね、って零したら、私は世捨て人みたいだね、って気の毒がられた。

別に捨ててもいいじゃない、世。

恋愛して結婚して子育てしないと人権がない世界なら私は出ていくしかないわけだし。



結局、高校を卒業して大学に入学、というシーズンになるまで、二度告白されて、断った結果罵られて、というのを味わった。

他に生徒がいれば断りにくいとでも思ったのかな?その場で断ったんだけど、すごいよね。毎回、ミチルと私が同性愛の関係にあるって罵ってくる。

それだけ私たちの関係が深い証拠なんだろうけど、周囲は親友ポジションだと分かっているので逆に罵ってきた側に問題があるって扱いになる。

一人はその悪評に耐えかねたのと、孤立し過ぎたのとで、転校していった。

三年生の一学期で転校はなかなか大変だろうけど自業自得だよね。



大学になったらアルバイトが解禁になる。

休みの日と、夏休みとかの長期休暇の日には、アルバイトをして将来の足しにするつもり。

ミチルも同じように、けれど私とはまた別のアルバイト先で頑張るそう。

二人でいる時間は決して多くない。

だけど私とミチルの間には、傷付いた心のささくれを癒しあう確かな関係が構築されている。

それだけで私たちは幸福なのだと思う。



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