毎日三枚小説『拒否反応』
目を開けると医者が僕の状態を確認していた。胸に聴診器を当てて心音を聞いている。夢の中のあの感覚。一体なんだったのだろう。今では夢すら覚えていなかった。
「起きたか?」
医者は笑顔で聞いてくる。
「はい。今日は良い夢を見たような気がします」
「そりゃ良かった。術後心配していた合併症や拒絶反応は見られない。もうすぐ病室からでれるだろう」
医者は笑ったけど僕はどういう顔をしたらいいか判らなかった。
「嬉しくないのかい?」
「いえ、嬉しいです。ただ、本当にやっていけるのかなって思って」
「確かに心配だろうな。でもな、一つの勇気が君に命を与えた。君は新しい命を与えられたんだ。きっと上手くいくさ」
それが重荷なんだって僕は思った。もうだめだ。苦しい。人工透析に通う毎日か苦痛だった。でもどこかの誰かの勇気が僕を救ってくれた。それが誰なのか僕は知らない。でもその勇気一つを僕は背負わなきゃいけない訳だ。そう思うと心苦しかった。
それから数日が経って、僕は学校に行っていいという許可が出た。先生はあまり出席していなかった僕を改めて自己紹介させてくれた。病気というモノの知識についても、それから僕の嫌いな勇気についてもだ。
「じゃあ君は橋本さんの隣ね」
先生がそう言うと周りが囃したてる声が聞こえた。僕の隣の席の子は言った。
「おかえり」
そう笑みを浮かべてくれた。僕は自分がもっと一生懸命走らなきゃいけないんだって思った。勉強は結構ついていけた。病院にいるあいだ、ずっと教科書ばかり読んでいたからだ。
案の定僕に話しかける奴は橋本さんぐらいしかいなかった。別に他の人が悪い訳じゃない。僕は自分が何を話したらいいのかわからなかった。アニメや漫画の話も可愛い子の話も橋本さんの話が出ても耳をそばだてる事しかできなかった。
橋本さんはなんだかんだ言って自分の事を話してたわいもない話をして、ゆっくりと僕の回答を待ってくれた。だから僕は話が出来た。多分優しい人ってのはこういう人の事を言うんだろうなって思った。
でもそれはある日変った。
僕は腎臓が痛くなり病院へ行った。拒否反応の奴かもしれない、だけど一人でいった。母親に送り向かいなんかさせたくなかった。その時ふと橋本さんを見掛けた。茶髪にした男と怪しい雰囲気を醸し出す店の前にいた。
僕はわかんなかった。あれだけ優しい人が悪そうな奴と仲良くしているのか。考える前に僕は二人向かって走ってった。
「なんだよあんた」
僕は確かに睨んでいたかもしれない。だからか男は敵意を向けた。
「うるさい。黙れ」
静かな口調で僕は言った。僕の命は僕の命じゃない。だから怖くなんかない。そう自分に言い聞かせた。橋本さんは何だか驚いたような心配そうな顔を見せた。
「どういう関係だよお前」
男は笑う。それが気に喰わなかった。
「クラスメイトだよ。なんか文句でもあるのか?」
「ちょっと松田君!」
橋本さんが怒っていたので僕はびっくりした。
「まあいいよ。結衣に話があるみたいじゃん。中で待ってるよ」
男はそう言って中に入っていった。
橋本さんはなんだか口を窄めていた。
「なんか君らしくないなって思ってつい」
僕は謝ろうと思った。僕が思っていた橋本さんは違う人物だったようだ。
「彼氏じゃないよ。」
不躾に橋本さんは言った。
「お兄ちゃんのバンドのライブがあるから来ただけ」
「ゴメン」
「でも意外だね。松田君がムキになって怒るなんてさ。なんか変な風に見えた?」
「映画とかで出てくる悪い奴がマリファナ吸うような場面のような気がした」
僕がそう言うと彼女は笑った。
「変なの」
「映画ぐらいしか家で見えるモノないからさ」
「なるほどね!でもなんか嬉しかった」
そういうと彼女は顔をうつむけた。
「ねえ、今から一緒にライブ見に行こうよ」
「いや、僕は駄目だよ。病院いってそしたら家に帰って予習しないといけないし」
「人生は教科書じゃ習えない。病院で教わらなかった?」
「全然」
「じゃあ一緒にいこうよ」
そういうと橋本さんは僕の手を握った。夢の中の感覚。わからないけど僕は彼女に連れられて中に入った。
いつの間にか腎臓の痛みも無くなっていた。