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天魔の謎

(捕虜というにはあんまりにも優遇され過ぎている気がする。)


 土壁の部屋からは出してもらえないけれど、食事も衣も与えられて、身体を清めるための湯まで与えられた。

 困惑しながら過ごすこと数日。

 グエンが帰ってきた。


「よぉ。大人しくしていたか」


 水浴びでもしてきたのか、こざっぱりとした姿でグエンは現れた。ざっくばらんな赤髪がちょっとだけ湿っている。

 私は一瞬だけグエンに視線を向けたけれど、何もなかったかのように視線を卓上に戻した。

 卓の上には双六がある。手慰みに一人で並べていた盤面は黒石が優勢だ。


「大人しくも何も、私はここから出られないもの。外には見張りがいるし、土壁だと思って穴を開けようにも頑丈だし」

「なんだ、穴を開けようとしたのか?」

「全盛期の私ならできたけどね。今の私じゃ、神力が足りなかった」


 浄化やまじない程度ならできるけれど、やっぱり神力の物理的な具現化まではできない。自分の力が衰えているのを改めて痛感した。


「それなんだが。その便利な神力をあんたがなくしたのはなぜだ?」

「言う必要ある?」

「言えよ。今すぐ底辺の捕虜みたいなドブ暮らしをさせてやることもできるんだぜ?」

「お好きにどうぞ」


 脅しに屈しないでのらりくらりと言葉をかわせば、グエンは舌打ちした。

 それから卓の方まで寄ってきて、私の正面へと腰を下ろす。


「媛之国だが、もう駄目だな。天魔の勢いが姫神子の力を上回っている。その上周辺国がなんとか国境で天魔を押し返しているから、媛之国の内部は地獄絵図だ」


 ぱちん、と白石を置く。

 グエンの言葉を聞いても、まるで他人事みたいに感じられた。

 数日前のような焦りはもうなくて、ただ淡々とその事実を受け入れる。


「媛之国が限界を迎えたのは今に始まったことじゃないわ。天魔を抑えていた神の力を、あなた達が奪おうとしてきた歴史を忘れないで」

「おいおい、それじゃあ俺たちが悪役じゃねぇか」

「悪でしょう。姫神子の力を奪おうとする野蛮な人たち。あなた達のせいで戦が起きて、天魔が生まれるの」


 黒石を動かす。

 グエンは私の言葉を聞くと、深くため息をついた。


「あんたらこそ、臭いものに蓋をしてんじゃねぇよ」

「どういうこと?」

「天魔は媛之国で生まれて、さまよい、俺らの国に来る。あんたらが結界ではじいた天魔を俺たちの所に押しつけてんだ。その責任くらい、とってもらっても神罰はくだらんと思うが?」


 グエンが白石を動かした。

 盤上がひっくり返る。

 優勢だった黒が、一手で窮地に追いつめられた。

 私は呆然と盤上に視線を落とす。

 見えてないもの、見てこなかったものを突きつけられて、どう飲み込めばいいのか分からない。


「天魔は媛之国で生まれる……? あなた達の国にはいないの?」

「天魔は国境から入ってくる。益荒国の中で生まれたことはない」


 青天の霹靂とはまさにこのこと。

 私は顔をあげるとグエンを見た。


「それは本当?」

「嘘を言ってなんになる」

「天魔は何から生まれるか知ってる?」

「あぁ?」


 訝しげに細められた、グエンの金の瞳を見つめる。


「人の死体。無念のうちに死んだ人が邪気に触れると、獣に変じて天魔になる。あなた達の国では死者は天魔にならないの?」

「なるわけねぇだろ。気味の悪いことを言うな」


 心底嫌そうな顔をするグエン。

 その反応に、私は頭を抱えた。

 とても嫌なことに、気がついてしまった。


「……天魔は」

「あぁ?」

「天魔はどうやって生まれたの」

「それは今、あんたが言ったんじゃねぇか。人から生まれるって」

「そうじゃなくて。媛之国では天魔は外つ国からやってきたと伝わってる。だから結界を張って内側にいれないようにって。だけど天魔は媛之国が生み出すもの……?」


 矛盾が生まれる。

 外つ国からやってきたというのに、外つ国の人(グエン)は媛之国で天魔は生まれると言う。


(外つ国であって、媛之国から生まれた……もしかして。)


 ひやりと嫌な汗が背筋をつたう。

 血の気が全身から引いていって、指先が震えた。


「おい? どうした。顔色が悪いぞ」

「大丈夫」


 遊真の顔が頭に浮かぶ。


(あぁ、どうして今、遊真の顔が思い出されるの。)


 朗らかに笑う遊真の顔。

 その笑顔を摘み取ったのは私たち媛之国。

 この過ちは―――媛之国に深く根づいているものだとしたら?

 いにしえより伝わる召喚術。

 媛之国より生みでた、外つ国の存在。

 喉が乾いて、声がかすれる。


(天魔は異界の存在だった……?)


 なんて業が深いことなんだろう。

 蹲るように頭を抱えてしまった私に、グエンが声をかけてくる。


「大丈夫か? 気分が悪いなら休め」


 私のことを捕虜だとかいうくせに、こういうところは優しい。

 でも、休んでなんか、いられない。

 私は顔をあげて、グエンを見据えた。


「私の使命が、分かった。天魔を異界に還すこと。私の全霊を賭してでも、やり遂げないといけない」


 グエンの目が大きく見開かれる。

 じっと見つめていれば、やがてグエンが大きく節くれだった手のひらを私に向けた。


「待て、話が読めん。そもそも、イカイとはなんだ」

「この世界とは異なる世界のこと」

「世界が違う……?」


 私は頷く。

 グエンはぐっと眉根を寄せて、表情をしかめさせる。


「そんなお伽噺のようなことを信じろと?」

「現にあなたも異界の者と会っているでしょ」

「誰だ。そんな奴、知らん」

「遊真。媛之国の勇士で、あなたが殺した人。彼は媛之国によって二度召喚された、異界の人間」


 グエンが盛大な舌打ちをする。

 それから少し考える素振りを見せて、私の方を見た。


「二度召喚されたとは?」

「一度は異界に還したの。それが三年前。私は一人で異界渡りの術を行使した代償で神力と神器を失い、その咎で罪人となったのよ」

「そういうことか……」


 グエンがようやく納得した。

 深々とため息がつかれる。


「あんたの言うことが本当なら、俺としてはやぶさかじゃない。だが、あんたが俺の元から逃げる口実の可能性も否定はできない」

「信用を得るには?」

「天魔を還すという、具体的な手段を提示しろ」


 たしかにそれが、一番手っ取り早い。

 私は一つ一つ、指折り数えて教えた。


「まずは神力の補強。これは媛之国の神器か姫神子の力が欲しい。そのために三柱の姫神子に協力を要請する」

「うまくできると思うのか? お前は罪人なんだろう? そんなお前の声を聞くやつがいるのか?」

「分かんない。でも説得するしかない。それでも無理なら、神器を奪って私が力を使う」

「できるのか?」

「やりようはあるの」


 三柱の姫神子の本質は皆同じだ。神器の形が違うのと、神力の使い方の得手不得手が違うだけ。

 だからたぶん、そこは問題なくて。


「神力を手に入れたらどうする」

「天魔を探す。おそらく核になる天魔がいるはずだから」

「そんなのいるのか?」

「いるわ。たぶん、化野の山に封じられているのがそれだと思う」


 三年間、化野の山で過ごしていて、時折異質な存在を感じる時があった。天魔であって、天魔ではない気配を持つ存在。それはずるりと草庵の周囲を這いずって去っていくだけだったけれど、間違いなくアレは他の天魔とは一線を画す。

 そして、もっと言えば。


「きっと私に誘われて、天魔はやってくる」

「なぜ?」

「遊真を還してから、私は天魔を引き寄せる体質になってしまったの。でもそれは、私が異界へ渡る手段をもっているからだと天魔が気づいたからだとすれば? 弱まった神力のせいかと思ったけれど、そうだったら巫女見習いの子たちも狙われないとおかしいから」


 天魔は頭が悪いわけじゃない。神力が自分を滅ぼすものだと知っている。だから好き好んで近寄らない。だから弱々しい結界の内側で私は安全を確約されていた。

 だけど、それでも私を狙う天魔は多かった。

 神力を持つ巫女見習いが天魔に狙われるなんて聞いたことない。私だけが特別な理由があるとしたら、これしか考えられなかった。

 じっとグエンを見ていると、彼はやがてうなずく。


「いいだろう。その賭け、乗ってやる」

「ほんとう?」

「ただし」


 グエンは獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべた。

 見覚えのあるその笑顔に、私が身を引こうとすると、卓を越えてグエンの腕が伸びてくる。

 双六の盤が揺れて、黒白の石がガシャリと鳴る。

 グエンの右手が私の左手を掴み、顔を寄せてくる。

 ぞくりと肌が粟立って身をよじらせると、グエンは私の耳元へ囁いた。


「あんたは俺のもんだ。使命だが何だが知らねぇが、逃げたりすんなよ? 俺は最悪、神力を生む母体が手に入りゃいいんだ。お前の話に乗ってやるのは俺の気まぐれだってこと、忘れんじゃねぇぞ」


 ぞっとするような声だった。背筋が震えて、強者に屈服するように、腰が砕けそうになる。

 グエンを睨み返す。

 彼は楽しそうに喉の奥をくつくつと鳴らした。


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