焼き鳥と君と恋して候(そうろう)
今作はカクヨムの公式企画KAC2022用に書き下ろした作品で、この時のお題は「焼き鳥」でした。
なお、タイトルに入っている「恋して候」は実在する日本酒です。
「従姉の結婚式の二次会で、面白いものを当てたんだ」
マンションの廊下でばったり会った隣人で親友でもある深浦正樹に、ビンゴで当てた卓上用の焼き鳥ロースターを見せて、そんなことを話したのが先週のこと。
「へえ、おうちで焼き鳥」
正樹がパッと目を輝かせるのが可愛くて、私もつい頬が緩んでしまう。
彼は高校から十年来の友人で、料理上手のかわいい男の子だ。いや、いい年をした大人の男に子はないか。
「そうなの。これ、一人にはいいサイズだよね」
実家でお母さんにほしいと言われたけれど、当てた私が使うと持って帰ってきたのだ。そんな私を見て正樹が顎を撫でながら少し首を傾げた。
「でも愛奈、一人だと使わなそうだよね」
「えっ? ああ、うーん、そうかも」
そう思ってしまうと、ウキウキしながら持って帰ってきたこれが、途端に重いものに感じてしまうから不思議だ。
仕事から帰ってきて、一人で焼き鳥を焼いて酎ハイでも。なんて思ってたけど、焼き鳥の準備を考えるとたしかに腰が引ける。我ながら女子力低いとは思うけど、そもそも家で一人焼き鳥を焼いて食べようと思う時点でそんなものはなかったんだよね、うん(あ、涙が)。
「たしかに正樹のほうが有効活用しそう。使う?」
ロースターの入った紙袋を差し出すと、正樹が少し考えるように手を出しながら、ゆっくり口を開いた。
「俺さ、今週出張じゃない」
「ああ、そうだったね」
すれ違いかぁ。お隣さんだけど、最近あんまり会えてないんだよね。
親友で、実は長年の片思い相手である彼は、そんな私の前でにっこりと笑った。
「帰ったらこれで焼き鳥パーティーしない? 俺が作るよ。地元の話も聞きたいし」
「いいね! 杉田たちも呼ぶの?」
彼の提案に自分でもぱっと顔が輝くのがわかる。単純だなぁ、私。
でも私の言葉に、正樹はなんだか嫌なものでも飲みこんだような顔をする。
杉田は私たちの元同級生で、正樹の彼氏と私がからかうくらいに仲のいい、彼の親友だ。私とも仲がいい。パーティだったら当然呼ぶものと思ってたんだけど。
「これで大人数は無理でしょ」
あっ、そういう意味ね。
「わかった。楽しみにしてるね。正樹のごはん久々。あっ、私は飲み物持っていこうか」
「手ぶらでいいよ」
そう言って彼はロースターの紙袋を軽く上げて笑った。
★
正樹の部屋に入るのはちょっと久々だ。
前はよくお邪魔してご飯を食べさせてもらってた。でも最近ずっと私が忙しくて帰りも遅かったから、呼ばれても遠慮してたんだ。
ずっと好きで、親友の仮面をかぶって甘えてた。
でも、少し前に彼から口説かれたっぽくなって。でもお酒が入ってたから、からかわれただけかなと思ってた。だって前と態度変わらないし、正樹の元カノたちは私と全然タイプ違うし……。だからきっとあれは冗談だって思って、忘れたふりをしている。
好きだって言われたわけじゃないし。
でもあの時。落ち込んでたところを励ましてもらったのが、すっごくパワーになった。だから私は頑張れたんだよね。その仕事もようやくひと段落したし、生活リズムも戻ったから、また前みたいに過ごせる。――そう思ってるんだ。
キッチンに立つ正樹の背中を見つつ、ローテーブルにセッティングされた焼き鳥ロースターと説明書を見る。すでに串に刺した焼き鳥も皿に乗っていて、さすがである。
「すごいね、さすが正樹くん。これ、自分で作ったんでしょ?」
思い切りヨイショの口調で褒めると、彼は笑いながらグラスなどを持ってきた。
「切って串に刺しただけだよ」
「それでもすごいよ」
私だったら串に刺す前に面倒になってそのまま焼くか、もしくは冷凍の焼き鳥を買ってくるわ。
ところで。
「でもさ、鶏肉じゃないのもあるみたいだけど。これ豚?」
お皿に盛られた串を指さすと、彼は「そうだよ」と言った。
「豚肉のやきとりもおいしいからね」
「焼き鳥なのに豚とは」
「食べたことない? けっこうポピュラーだけど」
「そうなの?」
普段行くお店にはあったかな。気づかなかっただけかな?
正樹はわりと出張であちこち行くから、それで変ったものを見つけてくるのかもしれない。
そんな彼が青い瓶をもってきて、私の隣に座ったからドキッとする。
たぶん調理がしやすいとかそういう意味だと思うけど、いつもなら正面なのに。
「今日は塩でいこうと思うんだけど、タレも欲しい?」
「う、ううん。塩好き。嬉しい」
好物のほうを用意してくれるのも嬉しくて、へらっと笑う。
なぜか正樹の耳が少し赤くなった気がするけど、気のせいでしょう。
「じゃあ焼こう」
次々にロースターに焼き鳥を乗せ、焼いている間に正樹が作ってくれた和え物をつまもうとすると、彼が持ってきた瓶を持ち上げた。
「これ飲もうよ。土産に買ってきたんだ」
ラベルは見えないけど、青い瓶のそれはたぶん日本酒だ。
「私日本酒はちょっと」
辛いし、おいしいと思ったことがなくて何年も飲んでない。
「大丈夫。これは愛奈も好きだと思うよ」
「そう?」
正樹が自信をもって言うからには、まず間違いなくそうなんだろうな。
「うん。旅館で飲ませてもらったやつなんだけど、絶対気に入ると思う」
「じゃあ、いただこうかな」
素直にグラスを出すと、一口分だけ注いでくれる。
まずは私が味見をしろってことらしい。だめならたぶん、他のを持ってきてくれる。
そう思ってちびっと飲んでみた。
「あ、おいしい」
さっぱりとしてフルーティー?
え、何これ。おいしい。
「でしょ」
クシャっと笑った正樹が可愛くて、私はこくこくと頷いた。
「日本酒をおいしいと思うなんて初めてだわ。私も大人になったのかな」
「十分大人でしょ」
クスクス笑われるけど、年とはまた別なのだよ。
そうして二人で焼き鳥や、彼の作った酒の肴をつまみつつ、そのお酒をちびちび飲む。なぜか私がお酌するのを断られるし、ラベルも見せてくれないけど、まあいいか。
久々にリラックスしてるし、なんだかすごく幸せだから。
「おいしかった~」
ほろ酔い気分で二人で後片付けをして、クッションを抱えてソファに座る。
まだ午後も早い時間で、外は天気が良くて、すぐそばには大好きな人がいる。彼氏じゃないけど、十分幸せだ。
くふっと笑った私の隣に正樹も座るので、彼のスペースを作ろうとすると、逆に頭に手をまわされ彼に引き寄せられてしまった。
こてんと彼の胸にもたれかかる感じになって、ドキッとした。でも甘えさせてくれるのかなとか、少しだけ酔っ払いってことでそれもいいかなとか、自分に言い訳して力を抜く。
すると正樹は吐息のように「なんだか幸せだな」と呟いた。
「そうなの?」
ドキドキしていることがばれないようクスクス笑うと、正樹は私の髪を撫でて頷いた。
「そうなの」
「そっか……」
酔っぱらうと私は猫扱いになるのかも。
撫でられるがままになりながら、なんでもない話をぽつぽつとする。
穏やかで満たされた時間。
しばらくそんな風に過ごした後、正樹がマンションの更新の話題を出したのでドキッとした。もしかして引っ越しちゃうのかな。それは淋しい。いやだ。
でも、そんなことを言う権利なんて……。
「でさ、一緒に部屋を探そうよ」
「えっ?」
ガバッと顔を上げると、以前一度だけ見たことのある熱を帯びた彼の目。
「そろそろ俺たちの関係をはっきりさせたい」
「関係って」
えっ? なに?
「俺は……」
そう言って彼は少しだけためらった後、ポケットから小さな箱を出した。
「愛奈。受け取ってくれないかな」
まさかと思いながら震える指で箱を開くと、そこには可愛い指輪が収まっていた。
「えっ、これ」
私が前に可愛いと言っていた誕生石のリングだ。
「まだこれはファッションリングだけど」
照れたように笑ってるけど、そうじゃない。
「だって」
「本物は一緒に選びたいと思ってるんだ」
「ちょ、ちょっと待って」
あれ? どういうこと。口説かれたのは夢でもからかわれたわけでもないの?
混乱する私の前で彼は大きく息を吐いた。
「アルコール入ってるときにはダメって前に言われたけど、やっぱりなしだと言えなくて」
「えっと」
「愛奈。――えっと……結婚、してほしい」
「ええっ!」
驚いた私の顔に、少しだけ傷ついた顔の正樹。でもでも。
「俺のこと好きだって言ったくせに嘘なのかよ」
「えっ、いつ?」
言えなくてうじうじしてたのに。親友だって言い訳してたのに。ええ、いつ言ったの私。
「酔っぱらうたびにいつも」
「マジですか」
覚えてない。え、やばい。酔っぱらうと本音駄々洩れだった?
「嘘です。盛った。まあ、本当は一回だけど。――嘘だったの?」
正樹がぶつぶつ言うには、あの口説かれたかも事件の後、しれっと私から告白していたらしい。
全然覚えてないんですけど! えっ? 仕事の飲み会の後?
しかも言った後、私は普通に部屋に帰っちゃって、ちょうど部屋に遊びに来ていてばっちり現場を見ていた杉田から、「男の純情をもてあそばれたな」と大笑いされていたらしい。
いやぁぁ。杉田、最近会った時何も言ってなかったけど~!
「嘘じゃないです。ずっと好きだったし、結婚したいし、でもでも」
焦って告白する私に、正樹の幸せそうな笑顔が心臓直撃する。
ううっ、可愛い。やっぱり大好き。
十年片思いだったんだよ。私のパワーの源なんだよ。
そんな顔されたら弱い。
「じゃあOK?」
だからぱっと顔を輝かせる彼につられ、つい頷いてしまった。でも、
「お付き合いからじゃなくていいの?」
「今更でしょ。俺、愛奈の彼氏より婚約者がいい」
婚約者!
なにそのパワーワード!
夢見心地で指輪をはめてもらう。
夢じゃありませんようにと呟いた私は、彼の向こうに青い瓶のラベルが見えた。
「恋して候?」
それがあのお酒の名前?
「ああ、あれね。うん。ぴったりだろ? だから絶対飲ませたくて」
口の中でごにょごにょ言う正樹に、そういえば私は言葉をもらってないことに気づいた。
「でも正樹は私のこと好きなの?」
指輪を撫でるけど、返したくもないけど。そんな気持ちで彼を見ると、初めてそのことに気づいたらしい正樹が「あっ」と口元に手を当てて、がばっと頭を下げた。
「気持ち伝わってるとか傲慢だよね、ごめん。好きです、愛奈。絶対大切にするから、一緒に幸せになってください」
あまりにも彼らしい告白に、思わず口元が緩む。
一緒に幸せになってだなんて、最高。
「うん。私も大好き」
私たちはそこではじめてのキスをした。