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客人


「クラルテ様」

「……」

「クラルテ様」

「……」

「ク・ラ・ル・テ・さ・ま」

「……え?なぁに?」


 目の前がチカチカする。

 ついでに頭もクラクラする。

 ぼんやりと白い靄の掛かっていた視界が急に晴れ、クラルテは現実世界へ戻ってきたようだった。

 身体は全身紅を纏ったかの様に綺麗に染まり、部屋中、いい匂いでいっぱいだ。


「終わりましたよ」


 身体を磨かれ、侍女たちに癒やしてもらう毎日。

 この二ヶ月間。

 クラルテはひたすら奉仕を受け続ける。毎日、世話をしてもらってはいるが、客人を招き入れる月は、クラルテ自身が自ら相手を満足させて、アヴニール宮から去ってもらわなければならない。

 あの日、侵入者が口にした()()()()()()()()()()とは上手いこと表現したものだ。と、自嘲気味に笑う。


 早く手放してくれないだろうか。

 ここまで国を大きくしたのだから、アヴニールの力はもう必要ない。と。

 血など繋がなくて良い。と、解放してくれないだろうか。


 ひたすら身体を磨かれていたからか、疲れをとる役割も果たす入浴で力を奪われてしまっていたクラルテ。身体をアビーと湯浴み担当の侍女クレールに支えられながら、浴室を後にする。

「しっかり磨かせて頂きましたので、また明日から殿方に愛でられてくださいませ」

 うふふ。と、嬉しそうに笑う彼女は、小さくて可愛らしい見た目の割に、力を込めて主人の身体の汚れを落としてくれる。

「ちょっとクレール。やり過ぎじゃないの。一人じゃ立てない程集中し過ぎちゃダメよ」

「だってクラルテ様って、わたしがやればやっただけ輝いてくれるんだもん。夢中になっても仕方ないじゃない」

 普段は丁寧に話すアビーも、侍女仲間と話す時はその口調も砕けてしまうらしい。

「それに明日からはまた殿方を虜にしちゃうんでしょ。アヴニール宮へいらした殿方は皆、夢心地でここから去って行きますものー。そんなご主人様にお仕え出来るなんて幸せです」

 いつも笑顔のクレールは、恋バナに夢中になる女の子たちの様にはしゃいでいる。

「クラルテ様は、今までの男性の中に気持ちを寄せてもいいかなっていう方はいらっしゃらなかったのですか?」

「そうねぇ」

「クラルテ様。お答えにならなくてよろしいですから。クレールも下らない事、聞かないの」

「だってぇ」

 クラルテが答える前にアビーがそれを遮る。

 考える振りをしても、頭には誰の顔も浮かんでこない。

 誰一人も浮かばないとは寂しいと言えばそうなのかもしれないが、優秀な侍女のお陰で言葉を濁さずにすんだ。曖昧な返事をしてしまうと、それを聞いた人間の主観により様々に意味が変化し、時にはそれが大きな真実となって人々に伝わってしまう。

 けれどクラルテはこの二人とのこういった時間が好きだった。

 理由は簡単。

 こうして笑っていられる時は、自分が普通の女の子なのだと思う事が出来るから。

「……」

 だから、一瞬だけ。顔も知らない彼が過った事は気付かない振りをする。

 気が向いたら来る。

 と言っていたのに、あの日から一度も来ないまま。


 今日寝てしまえば、また夜伽の月が始まる。


 今日こそ来てくれるかしら。

 期待はしていないけれど、バルコニーに続く扉の鍵は開けたまま。


 湯上がりで火照った熱を冷ます為。


 そこの鍵は開けておく。



 ***




「何故貴方が?」




 アヴニール宮に専用馬車が到着した。

 客人を迎え入れるのは、その宮に住まう者の役目。もちろんクラルテも奥の間で待つことはせず、自ら出迎えるべく玄関に待機していた。


 ここに客人として足を踏み入れる事が出来るのは、選ばれた人間のみ。


 それは、国に反旗を翻さない身分の者に限られた。アヴニール宮の存在は公にはされておらず、ごくごく限られた人たちしか知らない。国王の側近であるインディゴが主人の命をうけ、候補に挙がった者を呼び出しその反応を求める。

 その際、部屋にて喚問するのはただ一人。精力絶倫な人材。

 一人に絞れないからと候補を挙げ過ぎるのはよろしくない。理由は境界明瞭。宮の存在を余計な人間にまで知られてしまうことに繋がるからである。国の秘密を漏らすからには、口の堅い人間というのは自明のこと。

 アヴニール宮の存在は明かすが、寵愛している人間の素性は決して明かさない。

 その場所では一月の間は好き勝手に動き回っていい。その代わり、

 

 彼女を孕ませろ。


 と。至極簡単に伝えられる。

 アヴニール宮にいる彼女と関係を持つ誰もが、誰一人として彼女を身篭らせる事が出来ていない。だから、お前が彼女との血を残す人間になれ。と、命じられるのだ。

 その命令を少しでも耳にした者は、それを拒否しようと受け入れようと、他言無用の旨を自らの血判と共にサインしなければならない。

 もし懐妊させることが出来たのであれば、後々、それなりの金品や地位、名誉など求めるものが与えられる。

 ただし、孕ませる事ができなくても、一ヶ月の間、欲に塗れた生活を、誰にも咎められる事なくできるので、口外さえしなければ、当人には何のマイナス要因もない。


 今日から来る来客は、ガルシア公爵家の子爵、アネモス・リーン。

 国家の攻撃の要となる家門で、リーン騎士隊の主軸を代々担っているという。

 彼には確か婚約者が居たはずだ。風の噂ではとても誠実な男性だという。

 そんな人間が一ヶ月、他の女性を抱き続けろなどというふざけた命を受けるだろうか。アヴニール宮へ来る事は決して強制ではないというのに。


 男は自らの欲を満たす為であれば、気持ちがなくとも女性の身体を抱けるという。

 ここへ来ると承諾したということは、所詮アネモスも今までクラルテを組み敷いてきた人種と同じ。



 閉ざされていたアヴニール宮の扉が内側にゆっくりと開かれる。

 太陽の光がクラルテの瞳を刺激し、入り込んできた風が綺麗に梳かされた髪を舞い上げる。



 クラルテは気配を感じ、気持ちを引き締めた。




「ようこそ。アヴニール宮へ」



 クラルテがカーツィを披露し、来客を皆で歓迎する。

 


 今日から一ヶ月。

 無遠慮に触れる温もりに身を任せなければならない。

 クラルテは顔を上げ、ベールで隠された客人と対面する。


「クラルテと申します」



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