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2.精神年齢24歳からのスタートを切りました

 さて、これからする事を纏めたり、前回の記憶を頼りに帝国の今の情勢を紙に書き写さなければと机に歩き出したところで、きゅるるる....と、決して小さくはない音が部屋中に響いた。


「ううっ....おなかすいた」


コンコンッ


どうやらマーヤが身支度の手伝いをするために来てくれたようだ。


「お嬢様~。起きていらっしゃいますか?そろそろお支度をいたしましょ~」


「起きているから大丈夫よ。入って頂戴」


丁度良いタイミングで入ってきてくれた有能な専属侍女に感謝しながら、いそいそと部屋の中央で待つ。


「あらあら、まあまあ。お布団から出てしまっては身体が冷えてしまいますよ」


「あら、本当だわ。ごめんなさい」


確かに、外では雪が積もっている。いくら屋敷のなかといえど、少し寒い。

少し暖を取りたい時にも、魔法が使えるのだが、私が使ってしまうと、家庭教師で生活魔法すら習ってもいないので、周りの大人達には大きな違和感を与えることとなってしまうだろう。


(誰かに悟られるのは遠慮しておきたいし。そういえば、アルベルト様は記憶を持っているのかしら.....?)


マーヤに連れられて、ドレッサーに足を向けながらも、リリアナはひたすらこの先の事について考えを巡らせていく。


リリアナがドレッサーの前に腰かけると、お湯の入った桶を持ったマーヤが後ろに立ち、いつものように話し掛けてきた。


「遅れましたが、お誕生日おめでとうございます。お嬢様。あまり良い品とは言いがたいのですが....」


誕生日プレゼントです、と渡された可愛らしい箱からは、様々な花の芳醇な香りが漏れ出ている。


「これは…開けても良いのかしら?」


鏡に写るマーヤに視線を向けて問い掛けると、ニコニコと人好きのする笑顔で了承の意が返ってきた。


マーヤがまた支度の準備に取りかかり始めたのを見届けて、そっと包装紙を剥がしていく。

箱の中から出てきたのは、いくつものポプリだった。バラから始まり、普段使っているラベンダーやその他にも色々。種類は様々で、一つ一つが可愛らしく包まれている。


「わぁ...すごく綺麗。良い匂いもするし。とっても嬉しい。ありがとう、マーヤ」


「いえいえ、そんなもので喜んでいただけて、マーヤはとても嬉しいです」


そこでふと、マーヤが思い出したかのように言葉を続けた。


「そういえばお嬢様。何だか言葉遣いが丁寧になられましたね。つい昨日までは子供らしかったのに...」


確かに、記憶の戻る前までは年相応の無邪気な話し方だった。しかし、記憶を取り戻した今、以前と同じ喋り方をするのはいささか抵抗がある。


「ええと、ほら、私ももう五歳でしょう?お母様みたいな喋り方にしたほうが良いかと思って」


リリアナが慌ててそれっぽい理由を付け足すと、マーヤも納得したのか、一つ頷いてから、櫛を手に取った。


「さあ、今日はお誕生会です。普段より気合いを入れておめかししましょうか」








 それから一時間程たってから、リリアナは食堂の扉の前にいた。


(な、長い....身支度ってこんなにも時間がかかるものだったかしら…?)


 あれからプレゼントを脇に避けると、すぐさま洗顔やら何やらが始まった。全身をくまなく浄めると、髪の毛をセットし、化粧品をはたきこみ、ドレスを着込む。

かつて帝国で軍人をしていた頃は、身支度にここまで時間はかけられなかった。支度をしている間に敵襲された際に、もたもたと着替えていては、アルベルトのもとに駆けつけられない。主に何かあってからでは遅いのだ。


それにしても、ここまで時間がかかったものだろうかとリリアナが考え込んでいると、両開きの扉が左右に開かれた。



 食堂に入ると、長い机の奥にお父様、右隣にはお母様、更にお母様の正面にお兄様が先に座っていた。


「「「おはよう、リリー」」」


扉の前で優雅にカーテシーをする。


「おはようございます。お父様、お母様、お兄様。おまたせしてしまって申し訳ありません。用意に少し時間がかかってしまって....」


「いいや。私達も少し前にここに来たんだ。リリーが謝ることは無い。そんなことよりも、誕生日おめでとう。リリー」


 そう言って目元を優しげに細めるのは、この家の主人であり、私達の父親であるカザルド・ルーヴァルト公爵。王城勤めであり、国王とは古くからの友人同士。今でも国王の右腕として王城内を日々駆け回っている。備考、重度の親馬鹿。


「お誕生日おめでとう、リリー。それに、レディーの支度には時間がかかるものなのだから、気にしなくても良いのよ。」


 椅子から立ち上がって近寄ってくるのは、我が家で一番怒らせてはいけない人物であり、私達の母親であるメリア・ルーヴァルト公爵婦人。お父様と同じく国王の古くからの友人であり、実のところ国王の初恋の人だったりする。国王はまんまと振られた訳だが。貴族同士で交換される情報を恐らくこの国で一番知っている人。情報は武器。お母様を敵に回してはいけない。備考、こちらも重度の親馬鹿。


「あぁ!今日もリリーは可愛いなぁ!お誕生日おめでとう!...そもそも、リリーに待たされるなんてどうってこと無いんだから。第一、全然待ってなんていないんだよ?」


 椅子を鳴らして立ち上がったのは、学年一と歌われる程の美少年、アバルド・ルーヴァルト公爵子息。微笑めば背後に花が咲き乱れ、剣を振れば背後に花が咲き乱れると言われている。とにかく花を沢山咲かせている人。しかし現実は、妹をただただ甘やかそうとする重度のシスコン。


 なぜか、正常な人が居ない気もするが、リリアナはこの家族をこよなく愛している。大好きだ。

しかし十年後、リリアナのせいで、この幸せな家族は壊れてしまう。


 でも、今は、皆笑っている。幸せそうに。この先に待っているであろう破滅を知らずに。


 死んでしまった時からどうして時間が巻き戻り、もう一度人生を繰り返しているのかは分からない。この先、原因を調べる必要がありそうだ。しかし、これは今までにないチャンスだ。だって、やり直せるのだから。


 何度後悔したことか。あのとき、アルベルトとの出逢い方がもう少し違えば。私は皇帝の剣になったんだぞと、この心優しい家族に胸を張って自慢できたかもしれない。アルベルトに家族の事を紹介できたかもしれない。何度も何度も後悔して、諦めていた。でも、今なら出来る。まだ時間はある。


ここにある幸せはなにもしなかったら、十年後程したら壊れてしまうけれども、そんなことにはさせない。今度こそ絶対に許さない。


リリアナを嵌めた、『心優しい聖女』のマリーにも。それにまんまと騙されたキース達も。


 勿論、両親やアバルドだけでは無い。朝、ニコニコと笑顔で祝福の言葉を掛けてくれたマーヤの他にも、部屋を出て、屋敷で働く皆が、笑顔で祝福してくれた。


『お誕生日おめでとうございます、お嬢様。生まれてきてくださり、ありがとうございます』


庭師のジョンに、コック長のヴィグルと、他の料理人達。執事長のルドワードを始めとした執事達に、メイド長のアーシャを始めとしたメイド達。


何度も掛けられる言葉に、心が熱くなり、涙が浮かびそうになった。

何があっても、この暖かな皆の帰る場所であるここは、必ず守り抜く。今度こそ。


何が、あろうとも。今度こそは。





 アバルドが引いてくれた椅子にリリアナが座ったところで、朝食が始まった。


決して口数多いわけではないが、ところどころで会話を挟み、和やかな朝食の時間が過ぎていく。


 リリアナが起きる頃には、大抵既に王城へ出勤しているカザルドは、今日のためにわざわざスケジュールを無理矢理に空け、休んでくれている。普段様々なお茶会に招待されているメリアも、今日ばかりは全て断って下さっているようだった。


 アバルドは、普段からリリアナの隣に居てくれようと努めてくれるが、王都の学園の他にも、大抵剣術の師匠であるクルトルに引き摺られて訓練に連れていかれているので、案外一緒に過ごす時間は少なかったりする。

そんな厳しいクルトルも、今日は鍛練をお休みにしてくれたらしい。


皆の心遣いに胸が暖かくなる。


(嬉しいなぁ...)


もう少しだけ、この時間を楽しみたいと、24歳で命を落としたリリアナにとって、6年ぶりに家族皆で他愛のない会話を弾ませた。




 久々に家族の全員が揃って朝食を終えたところで、私生活から話題が変わった。


「リリー。お前ももう五歳になった。来年には学園に入る年だろう」


「そう、ですね....」


そう切り出したカザルドに、リリアナは歯切れ悪く返した。


 学園とは、王立フェミニドル学園の事だ。


 様々な分野についての知識を身に付けさせ、生徒達の能力を伸ばす為の国立施設だ。学園には、他国の王族が留学することもあり、様々な国の人々が集まって、共同生活をしている。


 しかし、学園にはあまり良い思い出が無い。マリーや、今回でももう既に婚約してしまっているキース、その取り巻き達も居る。出来れば顔も会わせたくないのだが.....そうも言っていられない。

帝国の情報を手に入れるためにも、書物だけではなく、噂などを耳にする必要がある。そうなれば、社交は必須だ。そして、未だに夜会デビューを果たしていないリリアナにとっての絶好の社交場は、学園。


 リリアナの葛藤を目敏く読み取ったらしいカザルドは、一度言葉を切り、別案を提示してきた。


「ふむ...あまり気が乗らないのであれば、中等部になってから、途中入学しても良いぞ」


 正直なところ、学園に入学するのはあまり乗り気ではない。しかし、メリアの次の一言で、リリアナは大きな衝撃を受けることとなった。


「そういえば、今年はアバルドと同学年に、帝国の皇子がいるらしいわね」

「ええ、あぁ、ええっと~...どうして知っているのですか?お母様。確かに、居るには居ますけれど...第一皇子が。」


アバルドが困惑気味に返した言葉に、リリアナは一度止まった心臓が再び止まった気がした。


(どうして!?どうして!?どうして!?)


 前回は、アルベルトが学園に居ただなんて情報は回ってこなかった。第一、アルベルトだって学園に通っていたという話は言っていなかったし、もしかすると今回だけ、何らかの理由でこちらに留学しているのかも知れない。


しかし、この一言でリリアナの入学は決まってしまった。主が居るのならば、向かわない訳にはいかない。リリアナの揺るぎない忠誠心が訴えている。

それに、可能性の一つだが、アルベルトにも前回の記憶がある可能性がある。その事についても色々探りを入れなければ。


ただ、これだけは決まった。


「分かり..ました。私、来年になったら学園に入ります」


なるべく動揺を悟られない様に、伏し目がちに答えた。


「ふむ…分かった。では、それに向けた学習のカリキュラムを組み立てるか」


それを聞いたカザルドは、さっそく今後についての作戦を組み立て始めた。


「やったぁ!じゃあ、リリーと一緒に学園に通えるんだねぇ!」


アバルドとメリアは何故か嬉しそうにニコニコとしている。


リリアナは、これから忙しくなりそうな人生を予感して、頭痛のする頭を押さえたのだった。



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